2012年1月29日 (日)

F-07Cの電源問題を考える

 F-07Cは最近流行のスマートホンとは違い,従来のガラケー(フィーチャーホン)とWindowsネットブックを1台にまとめた,よく言えば画期的なマシン,悪く言えば変態端末であります。
 どこでもWindowsが使えるのが売りになっていて,私もそこに惹かれて本機を購入したのですが,内蔵する電池がガラケーのものよりはさすがに大きいものの,電圧3.7Vで容量が1400mAhしかありません。本体だけでWindowsを使おうとすると公称2時間とはいいながら,ほんのちょっと使っただけでバッテリー残量の警告が出てしまいます。そしてここが肝心なのですが,私のように,本機を「携帯電話」としても使用する場合は,万一のことを考えるとWindowsで全てのバッテリー容量を使い尽くすような使い方は考えられません。

 そこで,Windowsモードを使用するときは格好は悪いのですが外部電源の利用を原則にしなければなりません。そこで,現在確保している各種の電源について考えてみることにしました。

 F-07Cでは標準でミツミ製の出力がUSB端子になっているACアダプタ,F04が附属します。プラグが可倒式になっていて収納すると長方形サイズになります。これに附属のUSBケーブル,F01を接続し,マイクロUSB端子側をF-07Cに接続すると充電やAC電源の供給に使えます。出力は電圧5V電流1.0A。ところがこれは,実は一度も使ったことがない。ただUSB端子が電源出力になっているということは,ミニUSBケーブルを使ってWiMAXの端末やPSPの充電に使えて便利かなぁ,という気がします。

 次にF-07C専用のクレードルがあります。こちらはノートパソコンのようなACアダプタがついていて,電圧19V電流2.1Aを出力します。クレードル内部で冷却用のファンやHDMI,USBに必要な電力を消費した後,電圧や電流を調整してF-07Cに送る,という寸法になっているのでしょう。Windowsアップデート等,USB接続のLANアダプタを使いながらWindowsアップデートを行うにはあった方がよいと思うのですが,次の次に紹介する方法を使うようになると,クレードルの使用頻度はがくっと落ちてしまいました。

 オークションにて自作のUSBアダプタを分けてくださった方は,マイクロUSB接続用のACアダプタをおまけにつけて下さいました。ラスタバナナ社製のスマートホン用AC充電器で,充電容量として870mAhという数値が出ているようです。これを職場の机の引き出しに置いておいて,別室でF-07Cのパソコン機能を使うときにコンセントにさして使ったり,「電池の容量がない!」と気がついたときにこれを使って充電することができるので,便利です。

 こんなアダプタが家にもあるといいのにと思っていたら,N703iDの使用をやめて宙ぶらりんになっているパナソニック製のFOMA用アダプタ01があるじゃないですか。これにドコモFOMA/ソフトバンク3Gのガラケー用充電端子とマイクロUSB端子を変換するアダプタを接続するのです。
 最初は100円ショップで買ってきました。難なく動作したので「これで十分じゃないか」と思ったのも束の間,マイクロUSB側の端子が折れ曲がってしまい,プラグを支えていないと電源が供給されないようになってしまいました。
 そこでここはやっぱりメーカー品の方がいいのかと思い,エレコムのMPA-FSMBというアダプタを買ってきて使っています。充電も電源使用もFOMAのアダプタ1台でOK。これを購入したおかげでクレードルは使わなくなってしまいました。旅行に行くときも,嫁のFOMAと私のF-07Cを1個のFOMAアダプタで使えるので荷物を減らせます。

 でも出先でF-07CのWindows機能を使うときはACアダプタが利用できないケースが多いと思います。そこでサンヨーのエネループ・モバイルブースターの登場です。昨年の夏に購入。どういう理由で購入したのでしょうか。Xactiの電池が切れたときに使うため?(撮影中にモバイルブースターから電源を供給することはできない。充電のみ) カーナビとして利用しているPSPに,クルマから降りているときに充電するため? 今となっては購入理由が思い出せません。きっと,F-07Cで使うことが前提だったのでしょう(爆)。
 私のモバイルブースターはKBC-L2Bですので,出力は電圧5V電流1A,電池容量は電圧3.7Vで5000mAhです。これは心強い。付属のUSBケーブルはマイクロUSB変換アダプタがついていて,F-07C接続の際にはこれを使います。本機の充電はPSPと同じDC端子を持つACアダプタを使うか,ミニUSBケーブルによる充電も可能です。WiMAXのクレードルについてきたACアダプタがまさにミニUSB用のものだったので,それを充電用に使うことも可能です。

 ここまで書いてきてふと思ったのですが,以前docomoでもらってきた,FOMA用の三洋電機製補助充電アダプタ01って,エレコムのアダプタを使ってF-07Cに使えるのでしょうか。
 早速やってみたところ,使えました。容量は3.7Vで1800mAh。出力が電圧5.4Vの電流400mAなので本格的な使用に耐えられるかどうかは疑問が残るのですが,Windows使用中の電池アイコンにはきちんとプラグのマークがついているようです。

 さて,F-07C付属のUSBケーブルF01とモバイルブースターについてですが,私の環境では,充電中ランプを示す赤いランプがつかなかったり,それが点灯していたとしてもWindows使用中の電池アイコンにプラグのマークがついていないことがあるようで,電源供給がきちんとできているかどうか確証が持てません。モバイルブースターを使うときは付属の白いUSBケーブルを使った方がよさそうに思います。ところがこのモバイルブースター付属の白いケーブルは,通信用としては使えないんですよねぇ。なんだか悩ましいです。

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2012年1月28日 (土)

政治家が商品のコマーシャルに出てもいいのか。

 2代目クラウンは昭和37年秋に発売開始となりました。前述の通り小型車規格が拡大され,全長が4610mmとフルサイズに近くなり,全幅は1695mmとこちらもフルサイズ,一方全高が1460mmと低くなり,寸法的にはスマートになって登場しました。

 当時のライバルたちを見てみると,日産が昭和35年春にオースチンに変わりセドリックを発売,小型車規格が改正されるとすぐに排気量と全長を拡大した「1900カスタム」を投入し,この頃にはバンやワゴンも投入,さらにクラウンが2代目になった翌月に,それまでの縦4灯ヘッドライトが横4灯式に改められました。
 いすゞも従来のヒルマンを継続して製造販売しながら,将来のライセンス切れを見越して,昭和37年春,クラウンクラスに「ベレル」というセダンを投入します。エンジンは1500ccと小型乗用車初の2000cc・ツインキャブエンジン,さらには2000ccディーゼルエンジンが用意されました。
 プリンスではクラウンクラスに上級版のグロリアと普及版のスカイラインがありましたが,2代目クラウンが登場したのと同じ頃に,クラウン同様フルサイズのボディを持った2代目グロリアが登場,ビッグマイナーを果たしたものの旧型となったスカイラインと併売されます。

 それはさておき,2代目クラウンのデザインは先代のクラシカルなイメージから同世代のアメリカ車風にアップデートされました。Wikipediaによると,具体的には1960年に登場したフォードの(アメリカ車の中では)小型車の「ファルコン」が手本になった,とあります。web上でそのファルコンの写真なり,カタログに使われたイラストなりを見ることができるのですが,横4灯ヘッドライトのクラウンに対してファルコンは2灯になっていることと,ファルコンの方がいわゆる「シャコタン」気味なのか全高がクラウンより8cmも低くなっており,さらにファルコンの方が幅広に作られている以外は,クラウンとよく似たデザインになっています。
 2代目クラウンは,それまでのラジエータグリルから独立した2灯マスクからラジエータグリルに内包した横4灯のフロントマスクに変わりました。ラジエータグリルのデザインも独特で,グリル下の中央部だけ,小さめの円弧がはみ出しているデザインになっていました。なぜその一部分だけ飛び出させたのかよくわからないのですが,今となってはなんとなく古くさい印象があります。また全体のボディスタイルも,当時の日本の道路事情を考えるとファルコンのように最低地上高を低くするという選択は考えられず,その結果腰高なデザインとなってしまい,あまりかっこいいとは思えません。

 トヨタのカタログサイト,

http://toyota.jp/T/crown/catalog/crown2/#page=1

では,スタンダードのカタログだけ掲載されています。なおデラックスのカタログを掲載しているサイトも探せばあるようです。
 そこでこれらのサイトを見比べながらスタンダードとデラックスの違いを見つけていくと,当然内装やモール類にも違いが見られますが,エンジンやサスペンションにも違いが見られるようです。
 エンジンはどちらも初代クラウンからキャリーオーバーした1900cc3R型4気筒OHVエンジンですが,スタンダードが80ps/4600rpm,14.5kgm/2600rpmというチューンなのに対し,デラックスは90ps/5000rpm,14.5kgm/3400rpmという高速型のチューンになっていました。
 またサスペンションも,フロントはダブルウィッシュボーン,リアはどちらも固定車軸式ながら,スタンダードが5枚構造の板バネなのに対し,デラックスはトレーリング・リンク・コイルサスペンションに進化していました。
 セミオートマチックだったトヨグライドも,翌昭和38年秋には同じ2速ながらフルオートマチック化されました。その際に,ややかっこ悪かったフロントマスク下部の円弧が延長され,リヤのランプも丸形から角形に近代化,さらに,将来の新開発エンジン搭載を見越してエンジンルームの全長が6cm拡大されました。

 とここでようやく,「クラウンCMコレクション」の映像を見るわけなのですが,リリース当初はカラーでCFが流されたらしく,「乗用車の王者」というキャッチコピーを強調するなど,2代目からは結構宣伝にも力を入れたことが分かります。
 唖然としてしまったのは,故石田博英氏や故大平正芳氏といった大臣経験のある(石田氏は昭和40年6月3日まで労働大臣,大平氏は昭和39年7月18日まで外務大臣。CM放映後にも各大臣に任命され,特に大平氏は昭和55年現職の内閣総理大臣のまま急逝)現職の自由民主党代議士をCFに起用していた映像が,本DVDに収録されていたことです。webで「政治家 コマーシャル 出演」と検索すると,今の視聴者は本人の家族や,あるいは,政治評論家すらコマーシャルに出演すべきではない,という意見が多数出てきます。現在,現職の政治家が特定企業のテレビコマーシャルに出演するようなことがあったら大変な問題になりそうな気がするのですが,政権交代の可能性がほとんど考えられなかった当時では,さほど問題にはならなかったのでしょうか。

 それはともかく,石田氏のバージョンでは娘さん(実子か代役のタレントかについては不明)に,フルオートマチック化で乗りやすくなったクラウン(「19-00」の排気量ナンバーだったため,実際の石田氏の愛車なのか,トヨタの広報車だったのかについても不明)を運転させ,そのご褒美に洋品を買ってもらう,というモチーフのコマーシャルでした。一方の大平氏のバージョン(これは後述の2000cc6気筒版)では,運転手の運転するクラウンで孫を幼稚園に送迎したり,所用を済ませたりする様子が紹介されていました。どちらにしても,当時のクラウンは,自分で運転するクルマではなく,運転手に運転してもらうクルマであったことは間違いがなさそうです。

 ところで,バンやトラックの「マスターライン」も2代目クラウンベースの3代目となり,従来のバン,トラックの他に,6人乗りのキャビンを持つダブルピック車も用意されました。また,マスターライン・バンのボディを使ったクラウンのワゴンも登場し,「カスタム」というグレード名がつきました。ザ・ドリフターズの映画で,このクラウンカスタム(もしくはマスターラインバン?)のバックドアの窓を開けて話をするシーンを見て,「どうして後ろの窓を開けることができるんだろう?」と不思議に思ったことがありました。
 余談ですが「マスターライン」は3代目で打ち止めとなり,以降は商用車も「クラウン」の名前で売られることになります。「マスター」の名前は昭和57年秋,タウンエースの双子車としてクラウンの販売店で売り出す1ボックスワゴン,「マスターエース・サーフ」として復活,平成4年まで売られます。

 またこの代のクラウンでも依然としてパトロールカー仕様はエンジンが別物のトラック用F型エンジンが搭載され,「トヨタ・パトロール」と称していました。
(この項続く)

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2012年1月22日 (日)

F-07Cで使える無線LANサービスを考える

 常にポケットに入れておけるWi-Fi機器,F-07Cが手に入ったことで(ニンテンドーDSやPSPは現実的な速度で無線LANが使えなかった),お出かけの時にはできるだけWiMAXルータを持ち歩いてはいるけれど,それを使わなくてもよい,あるいは,WiMAXルータを忘れても出先でインターネットができる,公衆無線LANの利用が現実的になってきました。
 そこで,今の私の環境で使える無線LANの現状はどうなっているのか,調べてみました。

 まず前提条件は次の通りです。
 ・プロバイダは@nifty。WiMAXのサービス(Step)を追加。
 ・@nifty経由でNTT西日本のフレッツ光プレミアムを利用。
 ・現在岡山市在住。
 ・あまり外に出ない仕事をしている。

 岡山にいれば無料で使えるのが,県がやっている「おかやまモバイルSPOT」というものです。事前に携帯電話のメールで1年間有効のIDとパスワードを入手しておけば,県の施設の多くや岡山空港で無線LANが利用できるというサービスです。なおゲーム利用の接続はできないとされ,メールの送信はできない仕様になっているようです。

 次に,UQ WiMAXではサービスされていたUQ Wi-Fiが,この1月11日から@niftyからでも利用できるようになったそうです。これは,WiMAX契約をしていれば無料で使えるのが売りになっています。
 2つのエリアがあるらしく,ひとつは「Wi-Fiエリア」で,残念ながら岡山では空港も地下街も使えないのですが,出張に使う(3年に1回も使えばいい方?)東海道新幹線N700系の車内で無料で無線LANが使えるようになります(ただし山陽新幹線区間では利用不可)。
 もうひとつは「Wi-Fiワイドエリア」と呼ばれるもので,ワイヤ・アンド・ワイヤレス社のアクセスポイントを利用するようになっており,こちらの方は,岡山市内でも数カ所で利用可能になっています。
 ところが,この「Wi-Fiワイドエリア」は,従来からバッファローが幹事となっている「FRRESPOT」で従来から無料で使えていたようなのですね。「FREESPOT」はIDもパスワードも不要(一部例外あり)で使えるのですが,「その施設のお客でないと使えない」ケースが多いようで,完全にフリーで使える場所はそんなに多くないようです。

 あと, @niftyユーザが使えるアクセスポイントはNTTコミュニケーションズがやっている「HOT SPOT」と,ソフトバンクテレコムがやっている「BBモバイルポイント」が存在します。
 「HOT SPOT」は@niftyユーザはスタンダードエリアのみ利用可能で,岡山市内にも何カ所か使えるところがありますが,県の施設にあるポイントは「おかやまモバイルSPOT」でも使えるようになっています。
 「BBモバイルポイント」は,東海道新幹線N700系でも使えますが,マクドナルドの店内に設置してあるのでそちらの方が身近かも知れません。
 ただ,双方ともローミングサービスのため有料となっており, 従量料金で1分あたり8.4円というのは高いのか安いのか,といったところです。「HOT SPOT」は月額1470円のコースもありますが,私の環境では割高な印象があります。

 最近よく見るのが「お父さん犬」のイラストのついたソフトバンクの「Wi-Fiつかえます」ステッカーです。あれは正式には,ソフトバンク「モバイル」のやっているソフトバンクWi-Fiスポットと呼ばれるもので,ソフトバンク「テレコム」のやっているBBモバイルポイントとは別物だとわかったのはつい最近のことでした。これは基本的にソフトバンクのWi-Fi機能付き携帯電話用のもので,条件があえば無料で利用できるものの,ソフトバンクの携帯ユーザといえどもパソコンからは利用できない代物になっています。
 同じようなものがauにもあります。ただこちらの方は,3月1日からauのIDを持っていればパソコンでも利用可能になるようになるそうです。auの携帯電話を持っていない私には関係がないのですが。

 同じようなサービスはdocomoにもあり,こちらはパソコンでも何でも使用可なのですが,スマートホン用の「spモード」に入るか,そうでなければドコモのプロバイダmopera Uのスタンダードプランに入った上でさらに月315円の追加料金を払わなければなりません。私のようなmopera Uのライトプランではだめだというわけです。
 私のようなユーザには無線LAN専用のMzoneも用意されているのですが,月1575円か,1日525円の契約となり,かなり割高となります。

 なんだ,私の環境で使えるエリアはそんなにないな,と思っていたら,NTT西日本の「フレッツ・スポット」がNTT東日本並みの月210円という料金に値下がりとなり,しかもNTT西日本のポイントサービス(club NTT-WEST)を使えば実質無料で使えるようになる,という情報がはいってきました。フレッツ・スポットは,現在はMACアドレスによる認証方式でやや使いにくいのですが,これをweb認証に改める方向なのだそうです。フレッツ・スポットは岡山市内でもアクセスポイントがやや多めで,駅やデパート,公民館でも使えるようになっているみたいです。

 お出かけする機会があまりないので,そもそも公衆無線LANが必要なケースもそんなにないのですが,おかやまモバイルSPOTか,(契約したら)フレッツ・スポットをまず探し,それがだめならWiMAX,WiMAXでもだめなら仕方なくFOMA128K定額という順番でアクセスラインを確保すると幸せかもしれないと思いました(でも今の契約がパケホーダイダブル2なので,ある程度はパケットを使ってやらないともったいないんですよねぇ。まぁ使い切らなくてもF-07Cの代金分だと思えば腹も立たないのですが)。

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2012年1月21日 (土)

パトカーはクラウンではなかった…。

 当時の他社の動向を見てみると,日産は1500ccクラスを自社開発とせず,イギリスのオースチンを昭和28年からノックダウン生産,次いで昭和33年からはオースチンの国産化を果たしました。このオースチンのエンジンをアメリカ人技師のストーン氏がショートストローク化してダットサン1000に載せたのは有名な話です。日産らしい上品なイメージのクルマだったのですが,当時の重要な顧客であったタクシー業界からはあまり評価されなかったといいます。
 プリンスは前々シリーズの「スカイライン」で書いた通り,昭和27年からプリンスセダンを発売,昭和32年にはそれがスカイラインに進化しました。昭和34年にはスカイラインのボディに1900ccエンジンを載せた3ナンバーのグロリアを追加します。プリンス車もメカニズムは優れていたのですが,耐久性に難があったようです。
 いすゞも乗用車市場に参入すべく,こちらもイギリスのヒルマン・ミンクスを昭和28年からノックダウン生産を開始,2代目になった昭和32年に国産化を果たしました。
 初代クラウンは純粋な日本技術で作られたことからオースチンとヒルマンに,そして,当時としては高い耐久性によりスカイラインに,それぞれ圧倒的な差をつけて販売されました。
 ところが余勢を駆って投入した米国市場ではさんざんな評価で,あまりにもパワー不足なエンジンと,現在の日本車の水準からは考えられない電装系の弱さが問題となり,いったんクラウンの対米輸出を中止せざるを得なかったようです。

 初代クラウンに触れようと思えば,広島県は福山市にある「福山自動車時計博物館」を訪れるのがよいでしょう。Wikipediaにも写真がありますが,ドアをあけて,乗り込んで,実際にシートに座り,ハンドルに触れてみることができます。残念ながら保存状態はよくないのですが,一般の人でも触れることができる初代クラウンはここが日本唯一のものでしょう。

 当時はテレビも生まれたばかりの頃,そして初代クラウンも法人需要が中心だったこともあり,初代クラウンのテレビCFは「クラウンCMコレクション」には収録されていません。その代わり,限定版の「…CMコレクション」にはトミーテック製の初代クラウンのミニカーが入っていました。

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 これはWikipediaの写真にある,トヨタ博物館所蔵のものをモデルにしているのでしょうか。色は薄い水色で,初期形のものではなくヘッドライトやラジエータグリル,テールランプの意匠が異なる後期形のものになっています。
 その後期形のリリースは昭和33年秋で,トランスミッションがオーバードライブのついた4速になったり,1500ccOHVのC型ディーゼルエンジン搭載車が追加されたりしたようです。

 昭和34年春,商用車のマスターラインが従来のマスターをベースにしたものから初代後期形クラウンをベースにしたものに変更されて2代目となり,将来のクラウンへの導入を見据え,トヨグライドと呼ばれる2速セミオートマチック車を投入します。これは,通常Dレンジに入れて発進・加速・走行するのは現在のオートマチックと変わらないのですが,現在のオートマチックが頻繁にギアを自動でシフトするのに対し,このトヨグライドは常に2速に入りっぱなしで,あくまでもトルクコンバーターの作用のみにより増速・減速を行うというもので,より低いギアが必要になったときはキックダウンではなく,手動でシフトレバーをLレンジに操作する,というものでした。

 マスターラインで実績を積んだトヨグライドは満を持して翌昭和35年秋にクラウンに投入されます。と同時に,小型車規格が排気量2000cc(ディーゼルは制限なし),全長4.7mまで拡大されたこともあり,クラウンにも従来のR型1500ccのボアを広げた1900cc90psの3Rエンジン搭載車が登場します。

 さて,我々1960年代後半生まれの世代が初代クラウンが現役で走行している姿を実際に見たことははっきり言ってないのですが,テレビではなんといっても「ウルトラマン」(これも再放送で見た世代です)に出てくるパトカーの印象が強いです。たぶんウルトラマンに出てきたパトカーは,中古の初代クラウンに白黒の色を塗ったものに間違いはないでしょう。
 ところが,実際に使われていたクラウン風のパトカーは,クラウンではないんですねぇ。web上ではこのことをかなり詳しく調べた方がおられ,クラウン風のボディだが足回りは4輪固定車軸で,エンジンルームを拡大してトラック用の3400cc直列6気筒OHV85psや,3900cc直列6気筒OHV110psを載せたもの,それから,初代クラウンのボディ,シャーシにそのまま3900ccエンジンを載せたものがある,ということらしいのです。
 初代クラウンの登場初期のエンジンが1500ccで48psしかなく,パトカーとして使い物にならなかったことは容易に想像できますが,だからといってトラックのエンジンを載せるのは,確かにパワーはあるかも知れないけど,エンジンの回転の上がり方が昨今のハイパフォーマンスカーとは違うはずであり,一体どんな操縦感覚だったのか,非常に興味があります。

 初代クラウンは結局,昭和37年まで作られました。小型車規格は前述の通り,排気量だけでなく全長の規格も拡大されました。これは,どちらかと言えば乗用車側の事情というよりも,より長尺の荷物が積める商用車側の事情によるもののような気がするのですが,それでも全長4.7mを生かしたボディデザインにすれば,幅の狭さはともかく高級車のデザインとして伸びやかな印象が得られることは間違いありません。日産がそれまでのオースチンをやめ,自社開発の高級車「セドリック」を昭和35年にリリースした際は,小型車規格が拡大されればすぐに,全長やホイールベースの拡張ができるように準備をしていたのではないかと思われます。
 トヨタもそれに対抗するべく,次期クラウンの開発を進めていったのでした。

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2012年1月14日 (土)

もう還暦が近いのか。

 多くの方がご存じの通り初代クラウンは昭和30年1月にリリースされました。だから,登場以来57年を迎えたことになるんですねぇ。
 3年の開発期間を経て(後述する初代クラウンのカタログによると開発に5年かかったとのこと。これはR型エンジンの開発期間も含めているのだろうか)登場したクラウンは, いわゆる5ナンバーサイズの小型乗用車ながら,当時のアメリカ車のようなデザイン,前輪ダブルウィッシュボーンの独立懸架,後輪は東大亘理博士の研究による3枚リーフスプリングという,乗り心地と耐久性を両立させたサスペンションを持っていました。
 エンジンは先代のスーパーと同じR型直列4気筒OHV48ps。これをリモートコントロール(コラムシフト)方式の2,3段シンクロメッシュの3段トランスミッションで駆動します。
 シャーシは依然としてフレーム式だったものの,完全に乗用車専用となっていました。これもご存じの通りですが,リヤドアが前開きとなる,独特の観音開きドアを持っていました。

 いつもお世話になっている桂木洋二さんの「コロナとブルーバードの時代」によると,クラウンのデザインは何種類かプランが用意され,本命の案ではもう少々テールフィンが張り出していたようですが,生産型では張り出しが少々おとなしいものになったようです。デザインが決まるとラジエータグリルのデザインも各種作って検討され,ジェット機のイメージを持つデザインに決まったとのことだそうです。
 価格は,およそ100万円でした。

 クラウンはこれほどまでに進歩的な設計だったため,独立懸架にアレルギーのあるタクシー業界向けのための「保険」を用意します。これが,タクシー専用の「トヨペット・マスター」でした。型式名が,クラウンはRS型なのに対し,マスターはRR型と言われました。
 ボディはスーパーRHKと同じ関東自動車製,リアドアは一般的なクルマと同じ前ヒンジ,エンジンはスーパーやクラウンと同じR型1500cc,そしてサスペンションはすべてリーフリジットの固定車軸式で,価格をクラウンより10万円下げて発売されました。
 昭和30年末にはこれをベースにしたバンとトラックのマスターラインも発売されました。
 ところがクラウンの方が乗り心地がよく,しかも耐久性はマスターとそう変わらなかったため,乗客によりよいサービスが提供できるクラウンの方に業界が流れてしまい,マスターは2年足らずでフェードアウトとなりました。ただそれではマスターのために作った設備がもったいない,ということになり,ちょうど当時ライバル日産ではマイナーチェンジしたダットサン1000が好調だったこともあり,マスターのパーツを利用して1000ccクラスの「コロナ」を昭和32年にリリースします。

 さて,

http://toyota.jp/T/crown/catalog/crown1/#page=1

 上記webサイトにAdobe Flashによる初代クラウンのカタログページがあります。これによると,前輪サスペンションには早くもトーションバーによるスタビライザーが装着されていたり,このクラウンで初めて12Vのバッテリーが採用されたことが分かります。
 このカタログに記載されている,初代クラウンの諸元と,同じ1500ccクラスの現行カローラアクシオの諸元を比べてみます。矢印の左側が初代クラウン,右側が現行カローラアクシオ(2WD G CVT車)です。

・全長 4285mm→4410mm
・全幅 1680mm→1695mm
・全高 1525mm→1460mm
・ホイールベース 2530mm→2600mm
・前トレッド 1326mm→1480mm
・後トレッド 1370mm→1460mm
・最低地上高 200mm→160mm
・車両重量 1210kg→1140kg
・最小回転半径 5.5m→5.1m
・エンジン排気量 1453cc→1496cc
・種類 直列4気筒OHV→直列4気筒DOHC
・最高出力 グロス48ps/4000rpm→ネット110ps/6000rpm
・最大トルク グロス10kgm/2400rpm→ネット14.2kgm/4400rpm
・燃料消費量 14km/l(測定方法不明)→20.0km/l(10・15モード)
・燃料タンク容量 45l→50l
・タイヤ 6.40-15 4PR→185/65R15 88S

 初代クラウンは車幅はほぼ5ナンバーフルサイズなのですが,全長は今のカローラアクシオより短いです。これは,当時の小型車規格が全長4.3mになっていたことによるもので,当時としては排気量も含めこれが5ナンバーフルサイズ,ということになります。
 自動車の全高がこの57年の間に低くなったかと思えば最近はまた高まる傾向にあり,高さはカローラもそんなに変わりません。というか,最低地上高はカローラの方が低いので,車内の高さはもしかすると今のカローラの方がゆとりがあるかも知れません。また,車幅はそんなに変わらないのに初代クラウンのトレッドが前後とも現行カローラより狭いのですね。ところがFFというハンデもあるのに現行カローラの方が初代クラウンより小回りになっています。ホイールのインチサイズも昔のクラウンと今のカローラとでは変わらないのですね。
 測定条件が違うため燃費は比較のしようがないのですが,おそらく初代クラウンは一番走行条件のよい場合でしょうから,現行カローラと比べると,「走らないのに,燃費が悪い」ということになっているのかも知れません。

 カタログを見ると,まだまだ庶民には高嶺の花のこのクラウンでも,フォグライトはともかくとして,(AM)ラジオやカー「ヒーター」はおろか,なんと後退灯までもオプションだったといいます。そのため,ラジオやヒーターを標準装備とし,メッキモールをふんだんに取り付けた「デラックス」がクラウン登場の年の終わりに追加されたのです。このデラックスでは,ガラス生産技術の進化もあり,それまで2分割されていたフロントウィンドーが1枚ものになっているという大きな改良もありました(ただマスターは当初から1枚ものになっていた模様)。
(この項続く)

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2012年1月 7日 (土)

まずはトヨペットからながめてみよう…

http://shop.mu-mo.net/a/st/event/crown1109/

 どこにでもビジネスチャンスがあるということなのか,私が以前に「娯楽にはなり得ない」と断じた「トヨタクラウンCMコレクション」がさる2011年10月にリリースされました。
 で,「娯楽にはなり得ない」と断じたはずなのにバカな私は即買ってしまったのですね(爆)。しかも限定版のミニカーつきのものを買ってしまいました。
 で,これを買ったらやることはただ一つ。「スカイラインCMコレクション」の時と同じように,初代クラウンから13代目まで一気に眺めてやろうと思うのですね。
 しばらく「800ccカーのその後」はお休みしますが,そんなに期待を持って読まれていないのでどうでもいいですよね(爆)。ではしばらくおつきあいください。

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 桂木洋二さんの「コロナとブルーバードの時代」(グランプリ出版)やWikipediaでの記述をまとめると,

・終戦後の昭和20年末,GHQに民需転換を認められトヨタは自動車生産を再スタート。
・小型車に必要な1000cc4気筒サイドバルブ27ps(!)のS型エンジンを開発,昭和22年に製造開始。
・小型車を市販するため愛称を一般から募集,「トヨペット」に決まる。

 そして,昭和22年10月に,乗用車のトヨペットSAと,トラックのトヨペットSBが完成します。
 トヨペットSAはフォルクスワーゲンのような丸い2ドアセダンのボディでしたが,ワーゲンとは違いフロントエンジン・リヤドライブとしました。しかしフレームはトラックで一般的なはしご型ではなく,背骨が通ったような形のバックボーン型と呼ばれるものを採用。そのためサスペンションは必然的に4輪独立懸架となり,前輪がダブルウィッシュボーン,後輪がスイングアクスルとなっていました。
 一見保守的なメーカーなように見えて実は,後の初代パブリカや初代プリウスに見られるような先駆的な取り組みもするというトヨタらしさ,というのはこの頃から始まっていたのですが,残念ながらこれらの先進的なメカニズムは当時の劣悪な日本の道路環境ではまったく使い物にならず,2ドアボディというのも,当時のタクシー業界からは嫌われるもととなりました。

 そこでトヨタは,当面トヨペットSAを作り続ける(結局昭和27年までに213台しか作られなかった)ものの,手堅い設計でそこそこ売れていたトヨペットSBトラックに急遽,鉄板を張った木造(!!)ボディの4ドアセダン,トヨペットSBPを,後の関東自動車に設計させ,昭和24年3月から製造させます。
 Wikipediaの記述によるとトヨペットSCという乗用車がその前の昭和23年6月から発売されたとあるのですが,web上に「トヨペットSC」という車種についての記述が他に見られず,謎となっています。

 桂木さんの「コロナと…」によると,トヨペットSBPは急ごしらえだったため完成度が低く,そのため,より乗用車らしさをめざしたものが昭和24年11月のトヨペットSDです。
 トヨペットSDはカタログがwebにアップロードされています。カタログによると自家用にも使えるような記述があるのですが,当時自家用車としてトヨペットSDを買う人は当然稀で,タクシー需要がやはり中心だったでしょう。それでも桂木さんの本によるとボディは手たたきで,あのトヨタにして,月産10台がやっとだったということだったのだそうです。
 webにアップされているトヨペットSDのカタログにある仕様書を見てみると,4速トランスミッションの1速変速比が実に6.143で,重いボディを非力なエンジンで起動するため,「ローは半転がし」のセオリーを守って運転しなければならない様子が想像できます。

 そのSD型も昭和26年秋にはフェードアウトされ,相前後して昭和26年夏にトヨペットSF型が登場,より洗練されたボディと固定車軸ながら改良された乗り心地を持つようになります。
 実は翌昭和27年から,ここで話題にする初代クラウンの開発が始まっています。その成果として,昭和28年に1500cc(正確には当時のエンジンで定期的に必要だったボーリング作業のためのマージンをとるため,1453cc)OHV4気筒48psのR型エンジンが開発され,一足先にSF型のモデルチェンジとして9月に「トヨペット・スーパー」がリリースされます。
 耐久性重視で設計され,シャシははしご型フレーム,サスペンションは4輪板バネ固定車軸式でありましたが,何しろ従来の1000ccからエンジンが大幅にパワーアップ(といっても,ネット換算をすると41psとなり,現行カローラアクシオ1500(ネット110ps)の37%ほどの出力しかない)されており,最高速度は時速100kmで,「神風タクシー」と呼ばれていました(このトヨペット・スーパーが今の日本の道路を走るとさしずめ「そよ風タクシー」になるのか?)。
 生産台数を上げるためからか,関東自動車と,今の三菱自動車の一部である中日本重工業にボディの開発と製造を依頼,関東自動車製の"RHK"と中日本製の"RHN"でなんとボディのデザインが違っていたのも有名な話でした。

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 戦後のクラウン前史でここまでの分量になるとは思わなかった。次からいよいよ初代クラウンを見ていきます。

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2012年1月 6日 (金)

【F-07C】電話として使うと重たいよ

 F-07Cを導入してしばらく経ちました。Windowsモードを使おうとするとどうしてもサスペンドに結構な時間がかかることと,内蔵バッテリーだけではやはり急激に電池残量が減ってしまうため,ACアダプタまたはサンヨーのモバイルブースター他が必須になってしまうので,結局普通の「携帯電話」として使うことが多いです。

 前述の通り,毎日仕事で履くスラックスや,休みの日に履くジーパンのポケットに難なく納まります。ただし容積にして151cc(計算値)とかなり出っ張ることと,なんといっても218gという重さのおかげで,ポケットに入れているときは存在をかなり意識してしまいます。
 私が大昔に使っていたシャープの313SというPHSがなんと80g,その次の同じシャープのPHSで641Sfが77g,初FOMAの富士通F2051は分厚く重い携帯だなぁと思ったのですがそれでも114g,最近まで使っていたNECのN703iDが103gでした。
 第2世代のデジタル携帯電話が出始めた頃がだいたい150g程度,その前のアナログムーバの頃が220gだったそうですから,F-07Cは,薄く,軽く,持ち運びしやすくなった携帯電話の歴史に逆行するような機種だということがわかります。
 で,着信があって電話を受けると,前のN703iDはすーっと身体になじむように使えたのが,F-07Cだと,「なんだか重たいものを持っているなぁ」という感じがするんですよねぇ。傍から見ると,あまり格好はよくないのかも知れません。

 電話モードとして使う分には,キーボードを出さなくても基本的に操作が可能です。今までの携帯電話と同じように着信ボタンを押して電話に出ればよいのですが,「緑のボタンを押して電話に出ればいいんだよな」と思うと,F-07Cにはそのような赤や緑に色分けされたボタンがないので,とまどってしまいます。
 たいていの携帯電話が左側に緑のボタン,右側に赤のボタンを配置しているので,それを思い出して,ディスプレイ下左のCLRキーで着信,その右側の電源ボタンと受話器ボタンで通話終了だとようやく気がつきました。これ,それぞれのキーに切り込みが入っているようですから,そこに緑や赤の色をさしておけば少しはわかりやすかったんじゃないかなぁ,という気がします。ちょっとデザインが先行しすぎて分かりにくいですね。

 電話番号の入力は基本的にタッチパネルで行うのですが,なんだか番号を間違えそうで心配です。というか,電話モード,iモード,Windowsモードを通して思うのですが,いま一つタッチパネルの反応がよくないような気がします。掲示板等で「液晶保護フィルムを貼ると誤作動した」というような内容の記述を見かけたのでそのようなものは貼っていません。それでも,タッチパネルが思ったように反応しないことが多いです。これはもう少々使いこなしてみないとわからないのですが。

 携帯電話としてみれば20年以上前の大きさと重さ。しかしWindowsパソコンとしてみれば世界最小・最軽量の機種です。LOOX U/G90をリリースした時は開発陣が小型軽量化に腐心したというweb上の記事を見たことがあるのですが,その時点で,すでにここまでの小型軽量化を計画していたのでしょうか。
 おそらく電話機能がなければあと少しは小型軽量化が図られていたでしょう。ただしそうなると,中途半端に価格が設定されて,「面白そうなマシンだが,高い」という評価がついてそれで終わっていたのではないでしょうか。F-07Cは,携帯電話がついているからこそ,わけのわからない販売システムによって当日の支払額0円で入手することができるのです。そう考えると,F-07Cは,携帯電話機能がなければ成立し得なかったマシン,とみることができるのかも知れません。

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2012年1月 4日 (水)

2008年7月26日までのブログ記事を過去ログ保管庫に移動します。

 ここでお知らせです。

 2008年7月26日までの本ブログ記事について,本体web「ぱそこんぼらぼら」→「過去ログ保管庫」→「その17」に移動したいと思います。
 現在,「その17」ページは完成しすでに閲覧可能な状態となっています。今後次のような予定でブログ・掲示板の記事を削除したいと思いますのでご承知置きください。

1月31日ごろまで…記事はそのまま閲覧可能状態としておきます。

2月1日ごろから…記事のタイトル名だけ残し,記事本文には移動先のみ掲示します。

3月1日ごろ…記事を削除します。

 なお以下3件の記事につきましては現在でもある程度のアクセスがありますので,引き続き掲載を続けます。

・一太郎7や8はどうする?
・今度は"jsfc.dll"の日付を調べなさい,だって。
・東芝RD-S301 を買って

 その他の記事につきましては移動により不便になる場合もあるかと思います。資料保存のためなにとぞご理解くださいますようお願いいたします。

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2012年1月 1日 (日)

2012年は平成24年であり,昭和87年であり,大正101年であり…。

 あけましておめでとうございます。本年も拙ブログ,拙webを御贔屓によろしくお願いいたします。

 昨年はスマートホンやタブレットがマニア以外にも広まり始めました。身の回りにもiPhoneやAmdroid携帯を持つ人が増えてきたので,昨年が本当の意味でスマートホンやタブレットの「元年」と言える年だったのかなぁと思います。
 しかし私はその潮流にあえて逆らい,F-07Cという変態紳士端末を買ってしまったのですね。またどこかで書くと思うのですが,F-07CのWindowsモードはスマートホンのように気軽には使えないですね。まず起動(ハイバネーションからの復旧)に時間がかかること,次いで本体だけでWindowsモードを使おうとするとすぐに電池を使い果たしてしまうので,ACアダプタあるいはモバイルブースターのような外部電源が必須であること。やはりいろんな意味で「気合」が必要な端末だと感じました。
 しかし,本端末は結局,従来通りのWindowsパソコンであり,従来通りのガラパゴス携帯なので,新しい知識を必要としたりや未知のトラブルに見舞われたりすることはないのですね。今スマートホンを喜んで使っている人たちにしっかり人柱になってもらって,トラブルが出尽くしたところでスマートホンに乗り換えるとおいしいかなぁ,と思っています。

 ただ,webから情報を仕入れるとき,パソコンでは起動時間等で「お手軽さ」に欠けるところがあるし,ガラケーでは何よりも「情報量」が不足気味なんですよねぇ。「お手軽さ」と「情報量」の両方を高いバランスで満たしたものがiPadをはじめとするタブレット端末かなぁ,とも思い始めました。今年はひょっとすると,試しにiPad(もちろんWifiのみ版)を導入して,茶の間に置いてみるかも知れない。
 でも今年は,先に老朽化したWindows Home Server機を新調もしくはオークションで適当に古いサーバー機を買って更新する方が先かも知れません。その頃にはハードディスクの値段が元に戻っているといいのですが。

 さて,年が明けたのに昨年の話をするのもなんなのですが,拙ブログのランキング確定分を「続き」に掲載しておきます。それでは,本年もよろしくお願いいたします。

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2011年12月31日 (土)

2011年のベスト30記事その6

 いよいよ第1位となりました。やはり丸7日かけて発表を行うので,順位が刻々と変わるのは仕方がないですね。
 発表時点で27位だった「ソニーSRF-R431 を買って(2)」が同じく26位の「古いOSでは一太郎ビューアは使えない…らしい」と同じ354アクセスで現在26位に並んでしまいました。
 また,発表時点で21位だった「WiMAXがやってきた?」が同じく20位の「レコーダーの子機としてプレーヤーを使う」と同じ417アクセスで現在20位に並んでいます。
 さらに,今年は全体的にアクセス数が多く,30位の「WiMAXがやってきた!」はなんと302アクセスまで上昇し,ランク外の「公害対策に苦しんでいた4代目」も300アクセスに達しました。そして,5位の「パイオニアBDR-203 ブルーレイだけ使えません…」がついに1000アクセスを突破しました。

 それでは,第1位の発表は…,といきたいところですが,これは「続き」をクリックしてください。じらしてごめんなさい。

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 拙ブログにとっては,悲願の10万アクセス越え,そして今年は今日0時現在でのべ40200人あまりの方々にお越しいただきました。拙ブログ的には,今年は発展の年だったのかなぁと思いました。

 ただ,本ランキングの冒頭でも書きました通り,今年は東日本大震災をはじめとする未曾有の災害に何度も巻き込まれ,これらの天災に端を発した原子力発電所の事故のような人災もそれに輪をかけてしまいました。
 これらの災害で亡くなった方々も多数おられます。拙ブログとしては改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。それに加えて,今年は国際社会で,あるいは,芸能文化界で,もしくは,コンピュータの世界で,多数のキーパーソンが亡くなられた年だったのかなぁと思います。

 拙ブログの表の生活では,実は今年は,あまりよい1年ではありませんでした。なにかこう,不本意な仕事ばかりさせられたような感じがして,確かにそれなりに得るものはあったのかも知れないのですが,なんだかやるせないなぁ,と思ったことは何度もありました。
 そうこうしているうちに,10月には,以前の職場でずいぶん頼りにしていた,まだ私より若い元同僚が,がんで亡くなってしまったのでした。実は彼は拙web(すいませんこんな場面でリンクを張ってしまって)の「さらばPC-98」→「低迷期」→「機種たち」のNw150で登場してもらっていたのですが,まだお子さんも小さいのに,どうしてこんなことになってしまったのか,と何度も思いました。
 11月の末に表の仕事でちょっとでかいこと(失敗ではありません)をやり,「もし彼が私のしたことを見るとどう思っただろうなぁ」と思ったところで,「そうだ,もう彼はいないんだ」と思い出すと,涙が出てきて止まらなかったのが忘れられません。

 昨今の政治情勢(国政だけではありません地方の政治もです)や国際情勢,経済情勢を見ると,決して明るい材料はなく,来年は今年に増して厳しい1年になるのかなぁ,と今から憂鬱な気分になるのですが,2012年は,それでもみんなが,明るく楽しく過ごせる1年であってほしいなぁ,と思うのです。

 拙ブログの今年の更新はこれにて終了です。どうぞみなさん,よいお年をお迎えくださいませ。

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