2012年5月27日 (日)

http://digital.asahi.com/articles/OSK201205260058.html
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120526-OYT1T01195.htm
http://mainichi.jp/select/news/20120526k0000m040148000c.html

 川村龍一さんといえば,私の場合,「ヤングおーおー」よりも,朝のラジオ番組「おはよう川村龍一です」の方が印象深いです。

 このラジオ番組を聞くようになったのは私が仕事を始めた平成元年からで,6時30分に目覚まし替わりにタイマーでかけ,オープニング曲,ビートルズの"From me to you"を聞くのが習いとなっていました。
 大阪発の番組なので「トラ勝ち金」(前日にタイガースが勝つと賞金がもらえる)のようなこてこての関西風味のコーナーもあったのですが,AMラジオの番組でありながらリクエスト曲に洋楽もかかるなどおしゃれな雰囲気もあった番組で,この番組で元気をもらいながら勤め先に通っていった,と言っても言い過ぎではありませんでした。

 この番組が注目されたのは1995年の1月17日。早朝ひどく揺れあわててテレビをつけ,どうやら神戸を中心とした阪神地域で大きな地震があったことがようやくわかった(地震の直後は阪神地方の震度が報道されていなかった)そのときに,タイマーでセットされていた「おはよう…」が何事もなかったかのように聞こえだし,開始直後はアシスタントの豊島 美雪さんが一人でしゃべっていたところ,タクシーの車内から携帯電話でリポートする川村さんの声が聞こえ始め,「阪神高速は落ちました!」という第一報に大変びっくりしたものでした。

 昨年の東日本大震災の直後も毎日放送は深夜に特別番組を流し,それが明けた翌々日の朝に川村さんと豊島さんが出演し,豊島さんが聴取者の送った「東日本のために関西地方でも節電をした方がよいと知り合いの関西電力の人から聞いた」というメールを読んだときに,川村さんが「この情報は『裏』が取れていないからちょっと待ってください。」と呼びかけていたのが印象的でした。よく考えれは,これが私が川村さんの声を聞いた最後になってしまいました。

 以前から病気をされていたというわけではなく,どうやら突然亡くなられたようで,もっともっとラジオに出てもらいたかったのにと残念でなりません。ご冥福をお祈りします。

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2012年5月26日 (土)

【F-07C】文書を作っていると眠くなる…。

 3月から5月にかけて,F-07Cを持ち歩いてWindowsを使う機会が多かったので,この変態端末F-07Cを,通常考えられるWindowsパソコンの使い方をしてみてどうなのか(本機種はどうしても改造ネタが盛り上がってしまうので…),何回かに分けて書いてみようと思います。

 今回は文書入力。ご存じの通り,F-07Cのキーボードはこんな感じです。

Img_0850

 キートップは縦4mm×横3mm。キーピッチはわずかに7mmですから,このキーボードで快速親指シフトはもちろん,ホームポジションに指を置くローマ字入力も不可能です。両手でF-07Cを持ち,親指の爪の先でローマ字入力するしかありません。
 いつも使っているカバーはキーボードの上に透明なビニールがかぶさっているので,その上から入力することができるのですが,例のクレードル端子からUSB端子に変換する非公式のアダプタを使ってUSBメモリを接続してそこに入った文章を編集しようとすると,このケースを外さなければなりません。
 要するに直にこのF-07Cのキーボードを操作する場合,爪があたってキートップを「べりっ」と剥がしてしまうことがないのか,とても心配です。以前使っていたNECのN703iDもキートップが同じような構造で,爪が当たって剥がれるようなことはなかったのですが,経年変化で実行キーにあたる丸いキートップが自然に取れてしまったことがありました。同じようなことになりそうで不安です。

 このような,およそ長文の入力には適さないキーボードですので,ご想像の通りだと思いますが入力はし辛い,というか,だんだん嫌になってきます。
 先日,所用のため仕事を休んで列車に乗って出かけることがありました。作りかけの仕事をUSBメモリに放り込み,モバイルブースターと件の変換アダプタを接続し,秀丸エディタで編集しかけたのですが,入力スピードが遅いことが原因で,頭が文章を作るスピードも遅くなるような感じがし,やがて眠くなって座ったままうたた寝をしてしまう,という感じになってしまうのです。
 外付けのキーボードを使うと,もう少々はリズミカルに文章の入力ができるような感じがします。外付けのUSBキーボードはMac Miniに接続しているSKB-SL10WというOASYSポケットと同じようなサイズのキーボードか,あるいは古いコンパクト親指シフトキーボードFKB8579-661を使うようになるのですが,FKB8579-661は分厚く,なんといってもDelキーがないというのが難点です。現行のコンパクト親指シフトキーボードを使ってみたいものですが,価格が高くて今のところ様子見です。
 IMEはJapanist2003を使っています。このキーボードならどんなIMEでも入力速度はそう変わらないでしょう。ただ親指シフトキーボードを使う場合自動判別してかな入力モードにしてくれるので,この点は楽なところです。
 まぁ,もっとも,列車の中でF-07Cにさらに外付けキーボードを接続して文書入力,というのは,どこにキーボードを置くんだ,とか,F-07Cの画面はどうやって見るんだ,という問題が発生するので,いろいろと難しいような気がします。ひざの上に置いて両手でホームポジションを保って入力できるOASYSポケットの方が移動中の入力環境としては圧倒的に上だと思います。

 あとは画面サイズの問題もあるでしょうね。1024×600ドットの解像度を,4インチの画面で見なさいというのはかなりの無理があります。では文字を見やすくしようと思って文字サイズを拡大すると,文書全体の視認性が,いや,1行の左から右までの視認性も悪いので,F-07Cで作った文書はどうしてもミスが発生してしまう印象があります。iPhoneの網膜ディスプレイに迫る解像度だと言われても,文字を間違えてしまってはねぇ,というところでしょうか。

 さて,本機F-07Cは「カメラ付きケータイ」でもありますので,撮った写真をその場ですぐに貼り付けて文書作成する,などという芸当が,できないわけではありません。
 まず,500万画素の内蔵カメラを使って写真を撮ります。次にこの写真が本体に保存されてしまった場合はデータを装着してあるマイクロSDカードに移します(この手順が意外とめんどくさい)。
 本体側面のWindowsボタンを押してWindowsをスリープ状態から復旧させ,プレインストールされたWord2010を起動して文書を作成します。
 あらかたできたところで先に作った写真を文書に貼り付けます。まずはWindows側からマイクロSDカードにアクセスできるようにして(この作業もめんどくさい),撮った写真をデスクトップにでも貼り付けておきましょうか(このあたりの操作はお好みで)。そしてこの写真をそのままドラッグしてWord文書に貼り付けると…なんと,文書編集中はそんなに思わなかった,メモリ1GBクロックスピード600MHzという制約が,ここで見事に露呈してしまい,動きが急に悪くなるのです。
 仕方がないので一旦写真を文書から削除し,Officeに付属するツールの「ピクチャーマネージャー」を立ち上げ,写真を適当にリサイズして小さくします。この操作が手こずるかなぁ,という印象があるのですが,それでも大きなサイズの写真をWordに直接貼り付ける操作よりははるかにましです。
 写真をリサイズして上書きし(このあたりの操作もお好みで),改めてWordに貼り付けると,今度はなんとか編集を続行することができました。

 あとは印刷できる環境で文書を印刷すればOKです。そりゃあ,普通のノートパソコンを持っていった方がはるかに楽だと思います。でも,普通のノートパソコンを広げた場合,「あんた何やってんの」と言われる場合もないことはないはず。幸いにして,「ケータイをいじる」という行為が(あまり見栄えがよくないとはいえ)一般的になりつつある現在,少々効率が劣ってもF-07Cで入力した方が,かえって時間の有効活用ができる,という場合も,ないとは言い切れないでしょうね。

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2012年5月19日 (土)

CTU故障! WiMAXでよかった。

 F-07Cのことを書こうと思っていたのですが,今日の夕方,インターネットにつながっていない状態に気がつき,機器を調べてみるとNTT西日本から借りているフレッツ光プレミアムのCTUの電源が入っていない状態になっていたのです。
 別のコンセントにさしてもCTUはうんともすんともいわない様子。どうやら故障したようです。

 ONUは生きているようなのですが,CTUが故障してしまったということは,そこからぶら下がっている宅内ネットワークとひかり電話がアウトになってしまったということで,ひかり電話が使えないというのは結構重篤な状況です。ひかり電話のVoIP機器をONUに直付けしても動くような構造にしてほしかったものですが,もっとも最近のフレッツ光ネクストでは機器が1個だけらしいですね。

 ではなぜインターネットができているのかというと,@niftyからもらったWiMAXのルータをCTUの代わりに優先接続したからです。
 実はこの5月からWiMAXの契約をStepから年間パスポート2年契約に変えたところだったのでした。あろうことか4月に地元コミュニティFM局がJ-WAVEの再送信をやめてしまい(怒),それならradikoが聞ける(4月から当地でもradikoが始まりましたが,放送大学ラジオとラジオNIKKEIしか入りません)WiMAXの定額サービスにしようと思ったのです。というかこれまでの利用状況を確認するとほとんどの付きでStepの上限に達していたみたいだったので,Stepの契約のままにしておく意味がない状態だったのです。

 というわけで,インターネットの回線だけは確保できています。速度もそこそこ出ていて,(現在のところ)帯域制限もかからないので,非常用のインターネット回線としてはまさにもってこいです。
 それはともかく,明日にもNTT西日本に故障の報告をしなければなりません…。

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2012年5月12日 (土)

実は最大の危機が迫ってきているのではないか?

 現行の13代目クラウンが登場したのは平成20年2月のこと。先代12代目クラウンはモデル末期でも人気を保っていたように思うのですが,少し伸びてはいたものの,4年3カ月と,クラウンのモデルライフとしては常識的な期間でモデルチェンジされました。
 ボディは4ドアセダンで,全高とホイールベースは先代と変わりないものの,全長が3cm,全幅が1.5cm拡大され,先代よりも伸びやかなイメージを持つデザインとなりました。
 ラインナップとしては従来のロイヤルシリーズとアスリートシリーズ。ただし,Wikipediaによるとロイヤルシリーズは,「ロイヤルエクストラ」仕様が廃止されたため,正確には「ロイヤルサルーンシリーズ」と言うんだそうです。排気量はロイヤルサルーンシリーズが2500ccと3000cc,アスリートシリーズが2500ccと3500ccになっています。
 13代目クラウンの目玉はなんといっても同年春に追加された,本格的な「ハイブリッドシリーズ」でしょうか。クラウン・アスリートをベースに3500ccエンジンとモーターを組み合わせ,システム全体の出力として345psを誇っていました。しかも10・15モード燃費は当時の小型車並みの15.8km/lを記録していました。ただ,昔のセルシオ並みの600万円という価格が難点でしたが。

 「クラウンCMコレクション」に収録された13代目クラウンのCFは前期形まで引き続き松本晃彦さんの楽曲を使用。クラウン・アスリートの走りを訴えるものもありましたが,時代を反映して,子供のために美しい環境を残そうと訴えるクラウン・ハイブリッドや,運転中の安全を訴えるプリクラッシュセーフティ機能付きのクラウン・ロイヤルのCFなども作られていたようです。本DVDに収録された最後のクラウンのCFは,日本の寺と四季の風景とクラウンを織りまぜたものになっていて,過去何度もクラウンのCFの中で使われてきた情景を再現するものになっていました。

 なにしろ人気だった12代目のキープコンセプトで,割高ながら環境に配慮した本格的なハイブリッド車も登場したので,13代目のクラウンは12代目に引き続き順調に売れるのだろう,と当時の私は思っていました。事実13代目クラウンの滑り出しもそんなに悪くなかったのではないかと思います。

 ところが,13代目クラウンが登場した頃と言えば,アメリカでのサブプライムローン問題に端を発した景気減速と,新興国の旺盛な資源の需要に伴う原油価格の高騰により,ガソリンの価格が1リットルあたり200円近くにまで高騰するようになってしまいました。
 さらに自動車の販売台数も落ち込んだことから日本の自動車会社の経営を圧迫するようになりました。そこで当時の政権は,環境に優れたクルマに買い換えてもらうべく,減税と補助金で自動車の買い替え促進を図ろうとしました。特にハイブリッド車は購入時にかかる税金を免税とするなど,大きく優遇されました。
 この補助金システムには矛盾があり,同じ燃費でも重量の重いクルマの方が優遇されてしまうような仕組みになっていました。そこでメーカー各社は,装備品を多く取り付け重量を重くして,より補助金を多くもらえるようにした仕様を追加するという,なにがなんだかわからないようなことまでやってしまいます。

 この制度はクラウンにとって追い風かと思いきや,そうはならなかった。
 原油高騰が著しい中,平成21年初頭に,装備を省略した仕様で200万円を割る価格のハイブリッド車,2代目インサイトをリリース。次いでトヨタも,発売予定の3代目プリウスの価格を引き下げると発表して同年5月に発売開始。途中アメリカで発生した欠陥車騒動に巻き込まれますが,この3代目プリウスがまさしく「飛ぶように」売れたのでした。
 3代目プリウスはホンダの2代目インサイトや他社のアイドリングストップ機能がついた程度のエコカーを蹴散らし,不動の地位に立つことになるのですが,なんと返す刃で自社の非ハイブリッド車をも駆逐させてしまったのでした。下はカローラから上はクラウンまで,これらのトヨタ車を買おうとしていた人たちがこぞってプリウスを買ってしまったのですからたまったものではありません。

 かくして13代目クラウンは,デザインにもメカニズムにも大きな破綻はなかったはずなのに,自社のプリウスが原因で一転,不人気車になってしまったのでした。
 なおクラウン・ハイブリッドは平成22年にベース車がアスリートからロイヤルサルーンに変更され,より環境イメージを重視したものとしています。

 一方,クラウンの上級車,5代目マジェスタは平成21年に登場,ついに4600ccエンジンが載る(4WD車は4300cc)ようになったのですが,「…CMコレクション」に収録されたCFを見た時の印象は「あれ,こんな形だったっけ?」というのが正直なところでした。「レクサスのマークがついているのは嫌だ」というユーザを取り込むための企画,というのは分かるのですが,そんなことをしているからメルセデスやBMWに少しずつシェアを奪われているような気がしてしかたがありません。

 クラウンの車台を使った格下のマークXも平成21年秋に2代目となります。プリウス以外はほとんどの車種で売れ行きが落ち込んでいたこともあり,250万円を割る価格で購入できるモデルも追加されたのですが,このマークXも,どうも初代ほど売れてはいないように思います。マークXは,価格的にはもろにプリウスとぶつかってしまう車種なので,「それでもマークXを買おう」と思った人がトヨペット店に入って,気がついたらプリウスに決めてしまっていた,という人も相当数いるのではないかと想像します。

 タクシー向けのクラウン・コンフォートや官公庁向けの5ナンバークラウンセダンは依然として継続生産されていたのですが,13代目3ナンバークラウンが登場した直後にいわゆる「マイルドハイブリッド」仕様が廃止,クラウンファミリーから伝統の直列6気筒エンジン車が完全に消滅します。
 クラウン・コンフォートやクラウンセダンは燃料がLPGの4気筒エンジン車だけとなるのですが,平成20年夏,旧態依然としたOHVエンジンから,液体噴射式のハイメカツインカムエンジンに載せ替えられます。出力は実に113psに向上。ライバルのセドリックセダンはシングルカムエンジンでなんと85psしか発生しないため,力の差は歴然。たまたま乗車したタクシーの運転手さんに話を聞くと,クラウン・コンフォートの新エンジンはやっぱり出足が違うのだそうです。まさに21世紀の「神風タクシー」です。
 ところがこのクラウンセダンとクラウン・コンフォート(コンフォートも)は,翌平成21年,理由を明らかにせず突然生産が中止されます。そして翌々年の平成23年に生産が再開され,謎の生産中止状態は一応集束されました。クラウンセダンやクラウン・コンフォートが必要だった部署では,いったいこの間どうしていたのか,非常に気になるところです。

 そして平成24年,従来はクラウンベースだったレクサスGSが,(日本では)2代目モデルからついにクラウンベースを離れ,全く独立した車種となりました。トヨタは今後,2500cc~4000ccクラスにおいて,「クラウン」と「レクサスGS」という2つの車種を独立して作る,ということになるのでしょうか。
 もちろん,そのことにより「クラウン」を従来のトヨタ的価値観で作り,一方の「レクサスGS」をうんとスポーティに作ることができる,というメリットもあるでしょう。ただ,今度リリースされたレクサスGSを見るたびに,なんだか凝り固まっているというか,ゆとりが感じられないというか,了見が狭いというか,そんな印象を感じてしまうのです。
 そもそも日本で「レクサス」ブランドを立ち上げる必要があったのか。レクサスLSはセルシオのままでよかったのではないか。レクサスISはアルテッツアでもよかったのではないか。そしてレクサスGSを,日本では「クラウン」として売ればいいのではないか,という気がします。あくまでも日本の高級車という土台を持ちながら,それでも世界に羽ばたいていくようにしていかないと,日本のユーザにも世界のユーザにも理解してもらえないのではないか,という気がします。

 それでもトヨタは「落ち着いた内外装にむやみに大きくない車体が必要なユーザはまだまだ多い」ということから,クラウンが必要だというのでしょう。
 しかし,すでに日本では,メルセデスやBMWがじわじわとシェアを伸ばしている状況にあります。件の私の伯父ですが,実は10年前から,逆輸入のレクサスをやめてメルセデスのSクラスに乗り換えており,すでにそれも2代目に乗り換えているのです。もはや「いつかはクラウン」の時代ではなくなったのです。そのような状況にあるというのに,「クラウン」と「レクサスGS」の2系列に,それぞれ同じように渾身の力をかけるほどの余裕がトヨタにあるのか,というのが非常に気になる点です。

 最後になるのですが,正直なところ,実はクラウンは好きなクルマではありません。それは,クラウン自身がそう思わせているのではなく,日本のクラウンユーザの全てとは言わないのですが,車間距離を詰めてきたり割り込んだりするような運転をするような人が多いような気がするのです。高級車に乗っているプライド,というか,慢心がそうさせているのでしょうか。クラウンのブランドサイト(http://toyota.jp/T/crown/magazine/index.html)にさまざまな自動車評論家の人たちがクラウンのよさを紹介しているのですが,毎日クラウンをはじめとする高級車ユーザの横暴と戦っている一般ユーザからすると,「何を言っているんだか」という感想しか持てません。トヨタは,クラウンを真のブランドにするために,ユーザ教育をもっと徹底してやるべきだったと思います。

 ただ,13代目クラウンの(実力があるのに)体たらくぶりを見る限り,このクラウンも,プレミオという名前に変えさせられたコロナや,(日本では)専用車台を起こされなくなったカローラのように,ブランドの高齢化が進行し,本当は絶滅寸前なのではないか,という印象があります。
 次期クラウンの噂として,4気筒のハイブリッド車が登場する,という話が流れているようです。今やメルセデスのEクラスはターボがついているとはいえ1800cc4気筒という,先代カローラ並みの排気量のモデルがあるため,それなりのダウンサイジングを図る可能性もある(これによりレクサスGSとの棲み分けも図れるか)のですが,それだけで魅力ある次期クラウンが作れるのか,非常に不安なところです。よほど画期的な新機軸がない限り,14代目クラウンは順風満帆な船出とはいかないように思います。

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 長期にわたりご愛読ありがとうございました。前回の「スカイライン」よりも多くのアクセス数をいただいており,クラウンに関心を持たれる方が多いのだということが分かりました。

 というわけで「大衆車」シリーズに戻りたいのですが,携帯電話F-07Cのことがほとんど書けていませんので,しばらくの間F-07Cのことについて書かせて頂き,その後「大衆車」シリーズを再開しようと思います。期待している人は誰もいないと思うのですが,一応待ってやってください。

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2012年5月 5日 (土)

結構,失敗作が多かったのか…。

 「クラウンCMコレクション」記念の連載もいよいよ大詰めとなりました。その前にクラウン系列(簡単に記述)以外のトヨタの最近の高級車事情です。

昭和61年末の時点で販売されていたトヨタの高級車
・初代センチュリー(昭和57年にビッグマイナーチェンジを図っている)
・7代目クラウン
・5代目マークII/3代目チェイサー/2代目クレスタ

昭和62年

・8代目クラウン

・昭和61年にモデルチェンジされた3代目カムリに,V6エンジン搭載の「プロミネント」が追加される。双子車のビスタには用意されず。

昭和63年

・6代目マークII/4代目チェイサー/3代目クレスタ…マークIIはセダンとハードトップ,チェイサーはハードトップのみ,クレスタはプレスドアのセダンというラインナップ。当初は2000cc6気筒(過給機モデルあり)と1800cc4気筒だった。先代からの「ハイソカー」コンセプトを引き継ぎ,先代以上によく売れたモデルとなる。

平成元年

・初代セルシオ…新開発の4000ccV8エンジンを搭載し,アメリカ市場でメルセデスのSクラスやBMWの7シリーズに対抗するニューブランドの高級車。アメリカでは「レクサス」と言う名前がついたが,日本では独自に「セルシオ」という名前がつく。当時はバブル景気の頂点にあり,高価格でありながら飛ぶように売れ,生産が追いつかなかった。デリバリーを待てずにアメリカから逆輸入するユーザも続出。

・マークIIシリーズに3000ccエンジン車追加。久しぶりの3ナンバー車となる。

平成2年
・マークIIシリーズに2500ccエンジン車追加。好調だった三菱ディアマンテを追撃する。
・カムリが夏にフルモデルチェンジし4代目となった際,引き続きV6エンジン搭載の「プロミネント」が用意される。この代でも双子車のビスタには用意されず。

平成3年

・初代ウィンダム…日米で人気だった4代目カムリ(幅広の米国版)をベースにハードトップとしたモデルで,アメリカではレクサス「ES」として発売。エンジンは当初3000ccV6エンジンが搭載される。ベースとなった4代目カムリともども,人気モデルであった。
・9代目クラウン
・初代クラウン・マジェスタ
・初代アリスト

・カムリ・プロミネントに2500ccV6エンジン車追加。

平成4年

・セプター…アメリカで売られているカムリを日本に持ち込む。当初はアメリカ製のワゴンを投入し,次いで日本製のセダン,さらにアメリカ製のクーペを投入する。エンジンは3000ccV6と2200cc4気筒の2種類。ワゴンはある程度台数が出たらしいが,セダンはすでにカムリ/ビスタというよくできたモデルがあったため注目はされなかった。
・7代目マークII/5代目チェイサー/4代目クレスタ。…ついにボディが3ナンバーサイズとなる(マークIIのセダンは先代を継承)。マークIIはややエッジが効いたハードトップ,チェイサーは部分的に丸みを持たせたハードトップ,クレスタはプレスドアのセダンで登場。バブルがはじけた直後でありながらこれまたよく売れる。

平成5年
・ウィンダムに2500cc車追加。

平成6年

・2代目セルシオ…先代のキープコンセプトながらさまざまなリファインを加えたモデルとなる。ただ傍目にはリアガーニッシュが省かれるなどバブル崩壊の影響をまともに受け,ローコスト化が進んだ印象もある。しかしそれでも本モデルも価格の割りによく売れていた。

・カムリが5代目となったが,V6の「プロミネント」シリーズは廃止となった。

平成7年

・アバロン…アメリカトヨタの最上級車を逆輸入。FF方式でエンジンは3000ccV6。4ドアセダン1本のボディだった。おそらくトヨタ自身,そう売れると思っていなかっただろうし,本気で売るつもりもなかったのではないか。ごくたまにしか見かけることはなかった。

・10代目クラウン
・2代目クラウン・マジェスタ

・クラウン・コンフォート(タクシー専用車)

平成8年

・2代目ウィンダム…5代目カムリをベースに開発。ハードトップの大型FF車というコンセプトはそのまま。エンジンはV6の3000ccと2500cc。ベースのカムリ/ビスタが先代の車台をそのまま使っていたこともあり,2代目ウィンダムも先代との違いがよく分からず,でも当初は売れていたように思っていたが,Wikipediaの記述によるとモデル末期には売り上げは落ち込んでいたとのこと。

・8代目マークII/6代目チェイサー/5代目クレスタ…先代のフロアパネルを継続して採用し,コストダウンを図ったモデル。この頃からこの手のハイソカーを購入していた層が高級ワンボックスカーに移行する動きが見られ始め,マークIIはそこそこ売れたものの,「セダン・イノベーション」と言いながらチェイサーとクレスタは不人気車となってしまう。

・初代カムリ・グラシア…セプターの後継。エンジンは2500ccV6と2200cc4気筒の2種。ボディはセダンとワゴンの2種。従来の5ナンバーサイズ・5代目カムリと当分の間併売される。

平成9年

・マークIIクオリス…長らく作られていた4代目マークIIワゴンの後継。カムリ・グラシアワゴンの双子車である。そのためマークIIシリーズ最初で最後のFF方式である。しょせんカムリなのに,顔を変えるだけでマークIIになるんだなぁと,妙なところで感心したことがある。
・2代目センチュリー…なんと30年ぶりのモデルチェンジ。しかしデザインは初代のものを踏襲する。エンジンは5000ccV12のハイメカフォーカム。片バンクにトラブルが生じても残り6気筒でエンジンが回り続けるという,セルシオにもないメカニズムが搭載される。

・2代目アリスト

平成10年

・プログレ…後に登場するレクサスISをベースに,落ち着いたデザインの4ドアボディを与え,車体寸法を5ナンバーサイズに抑えた(エンジンの関係で全車3ナンバー)小型の高級車。エンジンは直6の3000ccと2500cc。これまでの日本車にはなかった企画であり,そこそこ売れ,メルセデス・ベンツCクラスの需要をある程度抑えることができたのではないか。

・アルテッツア…コンパクトな4ドアセダンのスポーティカーとして販売。しかし国際的には高級車ブランド「レクサス」のISシリーズという扱いになる。日本ではあえてレクサスの名前を持ち出さなかったため,高級車イメージはなく,それが功を奏してそこそこ人気車種となった。エンジンは2000ccの直6と2000cc4気筒のスポーツツインカム。輸出用の3000cc直6スポーツツインカムは用意されなかった。

平成11年

・11代目クラウン
・3代目クラウン・マジェスタ

・5代目カムリが販売終息したため,セダンのみ「グラシア」のサブネームを廃止する。よって本モデルが6代目のカムリとなる。なお翌年にはダイハツにアプローズの後継としてOEM供給,「アルティス」の名前で販売される。

平成12年

・プロナード…日本ではアバロンの後継。先代同様,3000ccV6エンジンを持つ大型4ドアセダン。先代同様人気は高まらなかった。

・3代目セルシオ…エンジンを4300ccに大型化。ボディもプレスドアを改めサッシュ式の4ドアセダンとなる。貫祿あるボディでありながら環境にも配慮したエンジンを搭載していた。これまた飛ぶように売れる。
・9代目マークII…この時点ではマークIIのみのモデルチェンジとなる。チェイサーは事実上小型のアルテッツアが後継となり,クレスタは名前が変更される。ボディが4ドアセダンに改められる。エンジンは直6の2500ccと3000cc。ところがこの代のマークIIは売れ行きがあまり伸びず,トヨタの高級セダンの行く末に暗雲がたちこめる。

平成13年

・ブレビス…プログレの双子車で若干曲線を強調させている。プログレと違いこちらはあまり人気が高まらなかった。
・ヴェロッサ…マークIIの双子車でクレスタの後継。独特のフロントマスクを持ったがマークII以上に売れ行きが伸びなかった。
・3代目ウィンダム/7代目カムリ…時間差をつけて登場したが,ウィンダムがハードトップを改めセダン形としたため実態として同一車種となる。エンジンはウィンダムが3000ccV6,カムリが2400cc4気筒となる。あまりに大きいボディが災いし,両車ともこの代から急速に日本市場では相手にされなくなる。

・チェイサーが販売終息。
・アルテッツアにショートワゴンの「ジータ」を追加。

平成14年

・マークIIにワゴンの「ブリット」を追加。FR方式に戻る。名前がなんとも…。

平成15年

・12代目クラウン

平成16年

・4代目クラウン・マジェスタ

・初代マークX

・プロナードとヴェロッサの販売終息。販売系列のビスタ店がネッツ店に統合されたため。

平成17年

・(日本では)初代レクサスGS…アリストの後継。
・(日本では)初代レクサスIS…ネッツ店で販売されていたアルテッツアの後継だが,車格が大幅に向上したため,プログレやブレビスの後継としての役割も担う。ボディは4ドアセダンのみ。エンジンはV6の2500ccと3500cc。日本ではBMWの3シリーズやメルセデス・ベンツCクラスのアバンギャルド仕様がライバルか。富裕層のセカンドカーとしては人気を集めたが,従来のアルテッツアユーザを移行させることはできなかったのではないか。
平成18年
初め
・8代目カムリ…この代から国内向けウィンダムは廃止(レクサス店でも販売されず)。アメリカ仕様には3500ccV6仕様やハイブリッド仕様もあり,大柄なボディにマッチした車種展開がなされていたが,日本仕様では2400cc4気筒仕様だけの販売となり,ライバルの日産ティアナと比べるとなんとも物足りない印象だった。当然日本市場ではぱっとしなかった。

・(日本では)初代レクサスLS…セルシオの後継。トヨタブランドのフラッグシップがなくなるため,事前にクラウン・マジェスタをセルシオクラスの車格に引き上げる作業を行う。エンジンはV8の4600cc。レクサスブランド移行に伴いセルシオ時代から価格が大幅に上昇したが,これまた飛ぶように売れ,レクサス店がようやく軌道にのる。

平成19年

・レクサスLSにハイブリッド仕様追加。環境よりもパワーを重視した仕様のため,エンジンは5000ccを搭載。ストレッチボディの仕様も用意される。
・レクサスISにスポーツ仕様の「IS F」追加。5000ccV8のスポーツフォーカムエンジンは423psを発生,日産のGT-Rに対抗する。
・マークIIブリットの後継としてFFミニバンのマークXジオ登場。事実上イプサムの後継。
・平成18年登場のカローラ(オーリス)ベースの3ナンバーハッチバック車「ブレイド」に3500cc車追加。1100ccで登場したカローラが3500ccになるとは…。
・プログレ/ブレビスが販売終了。

平成20年
初め
・13代目クラウン(次回)

平成21年

・5代目クラウン・マジェスタ(次回)

・初代レクサスHS/初代サイ…ハイブリッド車3代目プリウスをベースにした高級ハイブリッド車。レクサスHSが先行して販売される。プリウスのあまりの売れ行きで補助金の交付がされなくなる恐れがあったため,HSやサイも多くの受注を集めていた。プリウスと違い2400cc4気筒エンジンを持つ4ドアセダンだった。前輪がグリーンハウスに食い込むようなデザインとなっており,何度HSやサイを見てもおかしな印象がある。値段が高いせいもあり,一時の人気は下火となったように見受けられる。

・2代目マークX(次回)

・レクサスISにコンバーチブルの「IS C」追加。

平成23年
初め
・レクサスCT…プリウスベースのプレミアム5ドアハッチバック車。エンジンはプリウスと同じ1800cc。登場当初は注目されある程度売れる。と同時にトヨタのプレミアムコンパクト,「ブレイド」の存在意義がなくなる。

・8代目カムリ…ついにこの代から日本ではプリウスやサイのようにハイブリッド専用車となる。エンジンは2500cc4気筒エンジンとし,これにハイブリッド機構が搭載される。車台は先代のものを流用。ハイブリッド専用車ということもあり,注目されているはずなのだが,その割には実車を見たことがない。

平成24年
初め
・(日本では)2代目レクサスGS…ついに車種記号からクラウン由来の"S"記号が取れ,クラウンとは完全に独立した車種となる。エンジンは2500ccと3500ccのV6で,ハイブリッド仕様には3500ccエンジンが載り,燃費に加えパワー重視の設定となる。
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 トヨタは日産ほど多くの高級車を作っていなかった,というか,それぞれが人気車種だったため,多数の双子車を作る必要がなかったのですが,平成の時代に入り,FF方式の高級車を作るようになったあたりから,覚えきれないほどの車種を濫造し,さすがのトヨタといえども,全ての車種を人気車種にすることはできなかったことが改めて分かりました。
 いよいよ次回は最終回の13代目クラウンとなります。人気だった12代目のコンセプトを踏襲し,引き続き売れるクルマとなるかに思えたのですが,事態は思わぬ方向に急旋回します。
 クラウンをベースに作られてきたレクサスGSがついにクラウン系列から離脱,今後トヨタは,同じクラスで国際的なレクサスGSと,ドメスティックなクラウンという2つのクルマを開発し続けるのでしょうか。
 いろいろな疑問が沸いて出てくる中での最終回となります。

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2012年4月28日 (土)

ダウンサイジングは今後の高級車の正義となりうるか…。

 「クラウンCMコレクション」記念なのになぜか日産(ただしスカイラインは簡単に記述)の最近の高級車事情です。

昭和60年末の時点で販売されていた日産の高級車
・2代目(事実上初代)プレジデント
・6代目セドリック/7代目グロリア
・ ローレル
・初代レパード/レパードTR-X

昭和61年
・初代レパード販売終息。2代目はソアラを意識したツーリングカーとなる。

昭和62年

・7代目セドリック/8代目グロリア…「グランツーリスモ」グレードを追加するなど走りのよさを強調。ワゴンとバンは先代を継続し平成11年まで販売。

・V6エンジンを搭載した7代目ブルーバード・マキシマ(日本では4ドアハードトップのみ)は,ブルーバードの4気筒モデルが8代目にモデルチェンジされることに伴い,(日本では)初代マキシマとして継続生産される。

昭和63年
初め
・初代シーマ…正確にはセドリック・シーマとグロリア・シーマ。3ナンバー専用ボディのハードトップ。3000ccDOHCターボの暴力的な加速が受け,当時のバブル経済まっただなかの中かなりの人気となる。

・初代セフィーロ…「くうねるあそぶ」というキャッチコピーはRV車のように思われたが,実際は次期スカイラインベースの2000cc直列6気筒エンジンを持つクーペのような4ドアセダンだった。発売当初はそれなりに注目を集めたが国内ではやがて人気が失速する。
・(日本では)2代目マキシマ…本格的な3ナンバークラスの車体を持つ3000ccV6の4ドアセダン。高級車というよりは大型ファミリーカーという出で立ちで好感がもてたが,いかんせん3ナンバーということで維持費が高額につくことが嫌われ,日本では人気が盛り上がらなかった。この直後に税制が改正されたため,それを待ってリリースした方がよかったのでは?

平成元年
初め
・6代目ローレル…異常に角張ったボディの5代目にあったV6エンジンを廃止。全車ピラーレス4ドアハードトップとなる。ライバルのマークIIが爆発的な人気だったためそれと比べると劣るのだが,スポーティな印象があり,この代のローレルは人気でよく売れていた。

・インフィニティQ45…セルシオ同様,アメリカの高級車市場を狙う。セルシオより大きい4500ccV8エンジンを曲線を強調した4ドアセダンのボディに載せ,ハンドリングを重視したシャシを持たせる。ところがセルシオとは比べ物にならない造りにより,残念ながら日本では不人気車となり,そのまま平成9年に販売終息。

平成2年

・3代目(事実上2代目)プレジデント…旧態依然とした先代から,インフィニティQ45をストレッチさせた近代的なボディに大幅に変更。ライバルのセンチュリーとは異なる方向性を持つようになる。日産のフラッグシップとして,ベースのインフィニティQ45が廃止となった後も,かなり長い間作られ続けられる。

平成3年

・8代目セドリック/9代目グロリア…3ナンバー化し4ドアハードトップのみとなる。人気だった初代シーマのイメージを流用し,その後のモデルチェンジで不人気となった9代目クラウンの受け皿となる。ただこの代に2500cc車は投入されず。セダンは営業車用となり先代を継続生産。
・2代目シーマ…先代とは打って変わってやや落ち着いた印象の4ドアセダンとなる。エンジンも4100ccV8エンジンとなり,車格がアップする。ところがこれが嫌われたのか,バブル景気がはじけたこともあり,先代ほど人気は高まらなかった。

・ローレルにようやく2500ccエンジン車投入。他社と比べ登場が遅かった。

平成4年

・3代目レバード J・フェリー…ツーリングカーだった2代目からコンセプトを変更。気軽な印象の高級車となる。エンジンは4100ccV8と3000ccV6の2種。クラウンのような価値観から離れ,ぜいたくな印象があったのだが,日産車の失敗パターン「尻下がりボディ」が嫌われ,日本では不人気車に。

・セフィーロに2500cc車追加。バンパーの大型化で全車3ナンバー化。

平成5年
初め
・7代目ローレル…3ナンバー専用の4ドアピラードハードトップボディを持つ。「すっきり」というコンセプトを掲げたが,Aピラーを立てすぎたデザインが嫌われたのか,ライバルのマークIIは引き続き人気だったもののローレルはこの代から急激に人気が失速する。

・シーマに3000ccV6ターボ車を復活。

平成6年

・2代目セフィーロ…「セフィーロ」の名前を受け継いだが実質的には日本では廃止されたFF方式のマキシマのコンセプトを引き継ぐ。3ナンバー専用の大きな4ドアセダンに,3000cc,2500cc,2000ccの3種のV6エンジンを搭載する。他の日産3ナンバー車が売れ行きを落とす中,購入しやすい価格設定としたセフィーロはそこそこ人気を集める。

平成7年

・9代目セドリック/10代目グロリア…人気の2代目セフィーロに搭載された3000ccと2500ccのVQエンジンを採用。後に旧エンジンの2000ccも追加。セドリックは高級なブロアム中心,グロリアはグランツーリスモ中心に販売し,差別化を図る。この頃から徐々に日産の経営が傾き始める。

平成8年

・4代目レパード…開発資金がかけられずついにセドリック/グロリアとの三つ子車となる。セドリック/グロリアと違い直噴ガソリンエンジン車も投入されたが,ほとんど市場から相手にされなかった印象がある。次世代のセドリック/グロリア登場の際に販売終息。

・3代目シーマ…セドリックを引き延ばしたような感じで,あまり開発費をかけられなかったという社内事情が垣間見えるモデルチェンジとなってしまった。エンジンは4100ccV8と3000ccV6ターボの2種。

平成9年

・8代目ローレル…先代を反省しややスポーティな印象を持つボディで登場。7代目がこのボディで登場していれば事情は変わっていたのかも知れないが,すでに時遅し。平成15年にローレルは終息する。CMキャラクターだった佐藤浩市さんがその後ライバルだったマークIIの後継マークXのキャラクターに起用され人気車種になった,というオチまでつく。

・セフィーロに5ドアのワゴンを追加。

平成10年

・3代目セフィーロ…4ドアセダンのみのラインナップとなる。エンジンは直噴2500ccと2000ccの2種となり,3000ccは落とされる。ところがこの代のセフィーロは日産自体の経営不振もあり,一転して不人気車となる。セフィーロとしてはこれが最終モデルとなる。

平成11年

・10代目セドリック/11代目グロリア…セドリックが落ち着いた印象,グロリアがややアグレッシブな印象,というのは先代から踏襲。日産COOとなったカルロス・ゴーン氏が新車発表の際に華々しく登場した印象が強い。ただ,開発時期から考えると当然ゴーン氏の息のかかったモデルというわけにはいかず,逆に言えば当時じり貧だった日産の出した最後のモデル,という見方もできる。グロリアはこの代で販売終息。セドリックは8代目が営業車用として現行モデル。

平成13年
初め
・4代目シーマ…セドリック/グロリアをベースに開発されているが,大柄なボディを持ち,曲面を強調したデザインとなっており,カルロス・ゴーン氏の影響が徐々に感じられるモデルだったような印象がある。大柄ボディなのだが4500ccV8エンジンの他3000ccV6ターボも用意される。

・11代目スカイライン…ツーリングカーからラグジュアリーカーにコンセプトを変更。クラウンの車格に迫る。

平成14年
・プレジデント,一時販売休止。

平成15年
初め
・初代ティアナ…従来のマキシマ→セフィーロの「FF大型セダン」のコンセプトを受け継ぎ,新たにローレルをも統合したモデル。エンジンはV6の3500ccと2300ccがメインで,4WD用に2500cc4気筒仕様もある。「モダンリビング」というキャッチコピーが受け入れられ,そこそこ人気を集める。

・4代目(事実上3代目)プレジデント…4代目シーマのボディをそのまま流用する。これほどのボディでありながら4人しか乗れない仕様がある。エンジンは4500ccV8のみ。

平成16年

・初代フーガ…グロリアと,営業車を除くセドリックの後継モデル。ライバルのクラウンより大幅に車幅を広げ,2500cc,3500ccの他4500ccV8エンジン車を投入している。すでにスカイラインがクラウンの市場を窺うようになっており,格上のフーガはクラウンマジェスタの市場を窺うモデルとなっている。

平成18年

・12代目スカイライン…後に3500ccエンジンが3700ccに換装され,ついにクラウン(ロイヤル・アスリート)の排気量を上回る。

平成20年

・2代目ティアナ…先代よりも大柄なボディを持つ4ドアセダン。エンジンのラインナップは3500ccと2500ccのV6。4WD車は先代と同じ2500cc4気筒。「おもてなし」をキャッチコピーとしたが,中国市場向けに押し出し感を強調したデザインが日本では受け入れられなかったのか,日本市場では先代ほど人気は高まっていない。

平成21年

・2代目フーガ…ボディが一層大型化。シーマの一時休止とプレジデントの廃止を受け,一時的に日産のフラッグシップとなる。ただエンジンはスカイラインと同じ2500ccと3700ccのみのラインナップで,輸出用の5600ccV8エンジンは日本向けには搭載されない。

平成22年
・プレジデント販売終息。シーマ一時販売休止。衝突安全基準を満たさなくなったため。
・2代目フーガに3500ccエンジンとモーターによるハイブリッド車を追加。10・15モード燃費は19.0km/lとなり,クラウンハイブリッドを上回る。このフーガが平成24年に三菱にOEM供給され,プラウディアの名で販売される予定。

平成24年

・5代目シーマ(発売予定)…2代目フーガのストレッチモデル。以前のプレジデントの後継車種ともいえる。パワートレインは3500ccV6ハイブリッドのみ用意され,高級かつエコであることを主張。このシーマが平成24年に三菱に供給され,以前あったディグニティの後継となる予定。「三菱」のマークのついた高級車をグループ各社に供給しなければならない,という,この企業グループ特有の事情によるものか。
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 対抗上,トヨタの後追い戦略をせざるを得なかった日産は,ここ20年来,トヨタの呪縛から離れるためにさまざまな取り組みを行い,途中経営の失敗で倒産寸前にまで追い込まれたものの,最近では国内市場ではともかく,国際市場ではそれがずいぶん花開いてきた,という印象があります。
 今度登場するシーマも,日産のフラッグシップでありながら,あえて日産が持つ最大排気量のエンジンを搭載させなかったことが目新しいです。ヨーロッパ的にエンジンのダウンサイジングを進める日産と,エンジンのダウンサイジングは行わずあくまでも効率のみを追求するトヨタでは将来どちらがユーザから支持されるのか,興味深い点であります。

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2012年4月24日 (火)

まぁ,気長に待ってやってください。

 久しぶりの一太郎セキュリティ問題発生なのですが,

http://www.justsystems.com/jp/info/js12001.html?w=home

残念ながら,アプリケーションによって対応のしかたがかなり変わっているようで,精読しないとどのようにしていいのかすぐにここで書き込むことができません。

 特に今回,一太郎2006と2007(おそらく両者ともすでにジャストシステムのサポート対象外)は専用のアップデートモジュールが公開されているものの,2008以降2011までの一太郎については「共通セキュリティ更新モジュール」を適用するような形に戻ってしまい,またまたユーザの側でバージョン管理ができにくい状態になってしまいました。もっとも,「JUSTオンラインアップデート」機能を動かしていればそのようなことを気にすることはないのかも知れませんが。
 なお,一太郎ビューアや,USBメモリで一太郎が動く"oreplug",メールソフトのShurikenにもセキュリティパッチがリリースされていますので合わせて注意が必要です。

 またセキュリティパッチの導入手順を書かないといけないのかと思うのですが,個人的に,一太郎はどうでもよくなりつつあるところですので,ちょっとめんどくさいのですね。どうか期待しないで待っていてください。
 うちの勤め先でも,とうとう「共有する文書を一太郎で作るのはやめよう」というお達しが出てしまいました(セキュリティの問題ではなく,むしろアクセシビリティの問題で。ちなみに,私が出したわけではありません)。もちろん個人的な文書を一太郎で作るのは構わないのですが,ひとつの時代が終わりつつあるのかなぁ,という印象は確かにあります。

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2012年4月21日 (土)

トヨタと日産以外には日本では高級車は作れないのか。

 「クラウンCMコレクション」の購入を記念して始まったシリーズもいよいよ大団円を迎えつつあるのですが,ここ数回,クラウンを取り巻く他車の記述がいい加減になってきていましたので,ここでまとめておきます。まずはホンダ・マツダ・三菱編。

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昭和60年

・初代ホンダレジェンド…対米輸出と,当時提携していたイギリスのBL(ローバー)からも発売されることから日本の高級車として初めて国際展開を意識したモデルとなる。当初はV6の2500ccと2000ccを積んだ,アコードをストレッチしたような4ドアセダンがリリース。日本向けのローバー・スターリングは日本のホンダの工場で作られた。

昭和61年

・2代目三菱デボネアV…FF化したギャランΣの土台を使った,長寿モデルの後継車。エンジンはV6の2000ccと3000cc。一応,一般向けの販売も考えられたモデルだが,やはり従来通り三菱グループ内のカンパニーカーとして使われたケースが多いのでは。角張ったボディが80年代風ではなかった。5ナンバー規格でボディが作られたのも難点。


・5代目マツダルーチェ…メルセデス・ベンツによく似た4ドアのセダンとハードトップ。エンジンは2000cc4気筒に加え初のV6・SOHCエンジンも用意。スポーツ仕様にはV6ターボとロータリーターボを用意。クラウンやセドリックと同等のボディサイズを持ったが,世間ではマークII/ローレルクラスの扱いをされていた。
・三菱ギャランΣハードトップに2000ccV6SOHCエンジン車投入。これが後のディアマンテの先祖である。

昭和62年
初め
・ホンダレジェンドに3ナンバー専用ボディの2700cc2ドアハードトップを追加。

・マツダルーチェは2000ターボに代え3000ccV6エンジンを投入。

・三菱デボネアVに2000ccスーパーチャージャー車を投入。

昭和63年

・マツダルーチェの3000ccをDOHC化。
・ホンダレジェンドに2000ccターボ車を投入。

平成元年

・三菱ギャランΣハードトップに3000cc車を投入。

・ホンダ初代(アコード)インスパイア,3代目ビガー…4代目アコードとは別企画の,FF ミッドシップと呼ばれる独特のエンジン配置に2000cc直列5気筒というユニークなエンジンを載せた4ドアハードトップ。4代目アコードはやや販売が不調だったが,インスパイアはとてもよく売れた。

・三菱デボネアVに3000ccDOHC車を投入(そんなのあったんだ)。

平成2年

・初代三菱ディアマンテ…ギャラン/エテルナΣハードトップの後継だが,大型ボディに高級感あふれる内外装で登場。エンジンはV6の3000,2500,2000。税制改正の並みにうまく乗り,三菱で唯一成功した高級車となる。なおセダン形のシグマも後に追加。

・2代目ホンダレジェンド…インスパイアのようなFFミッドシップ配置を踏襲。エンジンは3200ccV6でクラウンやセドリックよりも上級だと主張。ボディはセダンと2ドアクーペ。215psというハイパワーのエンジンを搭載しながら,FFミッドシップの関係で駆動輪にトラクションがかからずホイールスピンを起こしやすかったという。

平成3年

・初代マツダセンティア…従来のルーチェはタクシー用のみとし(平成7年まで販売),より大きなボディの高級車を投入。ボディは4ドアハードトップのみ。エンジンはV6DOHCの2500と3000。販売店5チャンネル化に伴い双子車のアンフィニMS-9も投入する。4WSによる小回りが特長だったが,クラウンクラスの仕上げには当然至らず,人気は失速する。

平成4年
初め
・ホンダインスパイアとビガーに2500ccワイドボディ車を追加。2000ccにもワイドボディを用意(なぜかこのワイドボディ車のみインスパイアは「アコード」の冠が取れる)。

・3代目三菱デボネア…2代目デボネアより大型ボディを持っていたディアマンテをベースに開発。大型車セルシオやインフィニティに近づくため3000ccV6SOHCエンジンの他に3500ccV6DOHCエンジン車を投入。2代目よりデザインは大幅に改善されたがすでにバブル経済がはじけた時期に登場したため,一般ユーザから注目されることはなかった。

平成5年

・三菱ディアマンテにワゴンを追加。オーストラリア製。秋
・マツダ,FFの高級車ユーノス800をリリース。エンジンはV6DOHCで2500ccと効率がよく現行デミオにも搭載されている「ミラーサイクル」エンジンの2300ccスーパーチャージャーを用意。

平成6年
初め
・アンフィニMS-9を廃止,マツダセンティアに統合。

平成7年
初め
・2代目三菱ディアマンテ…初代のキープコンセプトだがフロントはBMW,リアはメルセデスのイメージを持つ(と私が勝手に思っている)デザインだった。エンジンは2000ccを廃止し2500ccと3000ccとなる。
・ホンダ・2代目インスパイア/初代セイバー…先代のえぐさを感じるデザインから一新,丸みを帯びた4ドアハードトップとなる。居住空間も向上したが,これがユーザに理解されず,一転不人気車となる。

・2代目マツダセンティア…マツダの不振が原因で大きなモデルチェンジを図ることができず,販売不振に。エンジンは3000ccV6のDOHCとSOHC。平成12年に販売終息。

平成8年
初め
・3代目ホンダレジェンド…先代のややいかついデザインがマイルドになったように見えたが,実は先代を踏襲したボディになっていたという。エンジンは3200ccでやはりFFミッドシップ。この頃からレジェンドの存在が薄くなる。

平成9年

・三菱ディアマンテに待望(?)のGDIエンジン車登場。ラインナップは3000ccのみとなる。不振だった2代目ディアマンテのカンフル剤となるように思えたのだが,初代の人気は急速に失速する。

・マツダのユーノス800は同じボディのままミレーニアに名称変更。翌年2000ccモデルを追加。

平成10年
・ホンダ,3代目インスパイア/2代目セイバー…ここでアメリカ生産となりボディも4ドアセダンとなる。エンジンも新たにV6となり,2500ccと3200ccの2本立て。アメリカ生産だったこともあり,この代から徐々に影が薄くなる。

平成11年
・三菱ディアマンテに2500ccGDIエンジン車を追加。

平成12年
初め
・初代三菱プラウディア…従来のデボネアの後継。韓国・ヒュンダイとの共同開発。セルシオクラスとなり,エンジンはいずれもGDI式の3500ccV6と4500ccV8。リムジンのディグニティも用意される。三菱自動車のリコール問題がリリース後に勃発,なんと翌年にはあえなく販売終了に。
・マツダミレーニア,2300ccミラーサイクルエンジン車を廃止。2年後には2000cc車も廃止。

平成14年
・三菱ディアマンテ,公害対策をクリアできないためGDIエンジン車を全て廃止,2500ccV6SOHC車のみのラインナップとなる。

平成15年

4代目ホンダインスパイア…セイバーと統合,再び日本製となる。アメリカではこのモデルが「アコード」となる。ボディは4ドアセダン。エンジンは3200ccV6。Wikipediaで見ると,「こんな形だったのか…。」と改めて思うくらい日本では見たことがない。

・マツダミレーニア販売終息。マツダが高級車市場から撤退する。

平成16年
・4代目ホンダレジェンド…280psの自主規制が解除されそれより大きい出力(300ps)を発生するエンジン(3500ccV6)を搭載した日本初のモデル。駆動方式も4WDとなる。ところがこの代のレジェンド以降,その姿を日本で見かけることは極端に少なくなる。いまだに現行モデルだという事実に驚く。

平成17年
・三菱ディアマンテ販売終息。三菱自社生産の高級車はなくなる。

平成19年

・5代目ホンダインスパイア…排気量,ボディサイズ的により上級のレジェンドと同クラスとなるが価格で差をつけている。エンジンは3500cc。ホンダが,まだインスパイアを作っていたのか,という事実に改めて驚く。

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 マツダはすでに高級車市場から撤退。三菱ももう長らく高級車を作っていないのですが,近々2代目プラウディアをリリースする予定だとのこと。ただしそれは日産のフーガのOEMになるということで,「三菱マークの高級車が必要」という,この会社独特の事情によるものとのこと。ホンダの高級車も日本国内ではすでにじり貧で,世界ではともかく国内では残念ながら存在意義がありません。やはりスタイル優先のFFミッドシップ方式が痛かった。

 これらのメーカーから,日本を代表する次世代の高級車が出てくる可能性は,残念ながらなさそうな感じです…。

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2012年4月14日 (土)

やっぱり「民族学的資料」としての価値しかなかった…。

 21世紀に入り,依然としてクラウンは,日本の高級車市場で重要な地位を占めていました。ところがこの頃は,ワンボックスカー人気が高級車市場にまで影響するようになった関係で,セダンタイプの高級車の人気に陰りが出始めていました。また,国産高級車の大型化と円高の進行がほぼ時を同じくして始まったことにより,国産高級車とドイツを中心とした外国製高級車の価格差がだんだん少なくなり,外国製高級車が徐々に日本でシェアを広げるようになってきました。
 前回書いた通り,日産では11代目スカイラインを発売するにあたりツーリングカーからラグジュアリーカーにコンセプトを変更,それまでの日産を代表する高級車だったセドリック/グロリアよりも大きい3500ccエンジンを搭載したモデルを投入し,事実上,セドリック/グロリアよりも上級の車種として生まれ変わります。

 以上のような事情を考えると,クラウンが今後生き残るためには,2代目以降連綿と続いてきた「静かで,快適で,高級なサルーン」というコンセプトを大幅に変えていかなければならなくなったのでした。
 もちろん,トヨタの内部事情として,販売チャンネルを一旦5系列からビスタ店をネッツ店に統合して4系列とし,それまで海外にのみ展開していた「レクサス」販売網を新たに日本にも整備する,というプロジェクトが始まっており,レクサス店に供給する車種として新型のレクサスGSを,クラウンベースで作る,ということがあったのでしょう。国際基準で売られるレクサスGSのために,ベースとなるクラウンもそれ相当の体質強化を図っておく必要があったのだろうと想像します。

 以前のイメージと決別するような「ゼロ・クラウン」とメーカー自らが称した通り,平成15年末に登場した12代目クラウンは,力の入ったモデルチェンジとなりました。
 シャーシや足回りを全て変更,それまでの4輪ダブルウィッシュボーンから前輪のみダブルウィッシュボーン,後輪はマルチリンク方式にサスペンションが変更されました。
 しかし一番大きな変更は,2代目クラウン以来伝統的に採用されていた直列6気筒エンジンを捨て,新たにV6の2500ccと3500cc直噴ハイメカフォーカムエンジンを採用したことでしょうか。「およそストレート6を捨てそうにないクルマ」であったクラウンが,あっさりV6エンジンに宗旨がえしてしまったのは,スカイライン同様なかなか衝撃的な出来事でした。
 特にこの直噴エンジンは,それまでのリーンバーン(希薄燃焼)式からストイキ(理論空燃比)燃焼のものに変更され,それまでリーンバーンで苦手だった排出ガスの浄化問題やエンジン内に発生しやすいススのトラブルから解放されたといいます。

 ボディスタイルは躍動的ながらも,当時人気だったスモールカー,ヴィッツの影響も若干感じられるものになっていて,私は嫌いではありませんでした。そのボディサイズを11代目クラウンや11代目スカイラインと比較すると,

全長 12クラ 4840mm 11クラ 4835mm 11スカ 4750mm
全幅 12クラ 1780mm 11クラ 1765mm 11スカ 1750mm
全高 12クラ 1470mm 11クラ 1510mm 11スカ 1470mm
ホイールベース 12クラ 2850mm 11クラ 2780mm 11スカ 2850mm

のようになっています。スカイラインの方がやや小振りなのですが,ホイールベースの長さは圧倒的で,あとから登場したクラウンがスカイラインのホイールベースに合わせた,と言われても仕方のないような感じになっています。

 ラインナップは従来通りロイヤルシリーズとアスリートシリーズの2本立て。クラウンの路線変更に伴いロイヤルシリーズからアスリートシリーズの方に広告戦略の中心が移ったような印象も受けました。
 大きなコンセプトチェンジを図った12代目クラウンでしたが4代目や9代目とちがいその変化はユーザ層に好意的に受け入れられ,よく売れたクルマとなります。ただ格下のはずのスカイラインにある3500ccエンジンがクラウンには用意されていない,という状況となり,まぁスカイラインを意識したわけではないでしょうが,平成17年秋にはアスリートシリーズの3000ccを3500ccに載せかえて登場しました。
 「クラウンCMコレクション」には,このマイナーチェンジ後のCFが収録されています。マイナーチェンジ以後のCM中に使われる楽曲は松本晃彦さんのものが使用されており,DVD同封のリーフレットに松本さんがCM曲のイメージについて書かれています。

 このクラウンをベースにして,4代目クラウン・マジェスタとアリスト改め3代目レクサスGS,さらにマークII改め初代マークXが登場するのです。
 4代目マジェスタは平成16年夏の登場でした。登場当時はマジェスタの上級にまだ3代目セルシオが存在していたのですが,レクサス店の整備によりセルシオは「レクサスLS」として日本でも売られることが当時すでに決まっていました。4代目マジェスタはその時点で,トヨタブランドの最上級オーナーカーとしての役割をセルシオから受け継ぐことになるため,一層高級感を高めた内外装を持つようになりました。
 この4代目マジェスタのサイズや排気量を,3代目と初代のセルシオと比較してみます。
全長 4マジ 4975mm 1セル 4995mm 3セル 4995mm
全幅 4マジ 1795mm 1セル 1820mm 3セル 1830mm
全高 4マジ 1465mm 1セル 1400mm 3セル 1470mm
ホイールベース 4マジ 2850mm 1セル 2815mm 3セル 2925mm
排気量 4マジ 4292cc 1セル 3968cc 3セル 4292cc

 4代目マジェスタは初代セルシオに匹敵するサイズを持ち,堂々とトヨタブランドの最上級オーナーカーの役割を果たすかに見えたのでした。
 しかし,そもそも高級車を買おうかという人は少しでも内容の優れたものを買おうと思うもの。マジェスタと,平成18年に登場した4代目レクサスLSと並べられると,格下の4代目マジェスタを買うよりも,より立派なレクサスLSを無理してでも買おうかというのが人情ではないですか。かくして1000万円もする高級車レクサスLSは景気が悪い状況でありながら飛ぶように売れ,一方のマジェスタはこの代から,だんだん影が薄くなってしまうのでした。

 マークXは不人気だった9代目マークIIの後を受け平成16年秋に登場します。マークXもクラウン同様V6エンジンを採用,左右に大きく分割したマフラーをリヤバンパーから出す,という独特のスタイルが印象的でした。これが当時は比較的よく売れていました。なお平成19年秋に追加された3列シートの「ジオ」はマークXシリーズでありながらクラウンベースのセダンとは何ら関係はなく,先代のワゴン,マークIIブリットの後継というよりは,平成21年に販売が終息したFFミニバン「イプサム」の後継車としての色合いが強い車種でした。

 レクサスGSはレクサス店が日本でオープンした平成17年初秋に,それまで「アルテッツア」として売られ同時にモデルチェンジしたレクサスISや,それまでの「ソアラ」を名称変更したレクサスSCと一緒に売られます。
 エンジンは当初V8の4300ccとV6の3500ccで登場,翌平成18年春にモーターを積極的にパワー向上策として採用した3500ccハイブリッド車を追加します。
 ところが「最高のおもてなし」をテーマとするレクサス店で扱われるようになったことにより,先代のアリストよりも車両価格は大幅に上昇,一転して人気車の座から転落することになり,フラッグシップのレクサスLSが登場するまでレクサス店が低迷する結果を招くのです。

 なおクラウンのワゴン「エステート」は先代11代目のものが継続販売されていたのですが,トヨタがエステートに搭載されていた直列6気筒エンジンの製造を中止するのに伴い平成19年初夏に販売終息となりました。
 官公庁向けのクラウンセダンやタクシー向けのクラウンコンフォートは継続生産中ですが,クラウンセダンからマイルドハイブリッド車を除く6気筒エンジン車が廃止,さらに初代クラウン以来設定されていたコラムシフト車も廃止されました。

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2012年4月 7日 (土)

ハードトップは捨てました。

 11代目クラウンは平成11年秋に登場しました。この代のクラウンではマジェスタも含め,5代目から一貫して採用し続けた4ドアピラードハードトップというボディ形式をやめ,オーソドックスな4ドアセダンに戻されます。とは言うものの,公用車向けの5ナンバークラウンセダンも10代目が継続販売されていたため,「別の形のクラウン・セダンが5ナンバーと3ナンバーの両方にある」という,少々ややこしい印象が当時はあったものでした。

 普通のクラウンのラインナップは,ロイヤルサルーン,ロイヤルエクストラといったロイヤルシリーズに加え,9代目以降スポーツ仕様として用意されていた"ロイヤルツーリング"をやめ,7代目と8代目の特別仕様車として設定されていた"アスリート"を,シリーズ名として再登場させます。つまりこの11代目から,普通のクラウンにはロイヤルとアスリートの2シリーズが用意されたということになるのです。
 エンジンは当初3000ccと2500ccのスポーツツインカムのみが用意され,ディーゼル仕様はここで廃止となりました。なお3000ccのエンジンは"D-4"と呼ばれるガソリン直噴エンジンとなっており,10・15モード燃費は11.4km/lを達成していました。

 11代目クラウンを見るとボディがひとまわり大きくなったような印象があるのですが,寸法を比べると全長が4820mmから4835mmに,全幅が1760mmから1765mmと,そう変わっていません。ホイールベースも2830mmのままです。
 ところが全高が1425mmから1510mmと一挙に85mmも高くなっています。この頃のトヨタは平成10年の5代目ビスタや翌平成11年の初代ヴィッツで「クルマの背を高くしても売れる」という知見を得た頃であり,クラウンもそれに合わせて車高を高くして登場した,ということなのでしょう。

 「クラウンCMコレクション」ではロイヤルシリーズのキャラクターとして仲代達矢さんを起用します。ところが仲代さんは,以前の山村聰さんのようにクラウンユーザを演じるのではなく,先代の草刈民代さん同様あくまでも「『俳優』仲代達矢」として登場するのが目新しかったです。CFの舞台はロケ現場やけいこ場で,クラウンに乗る仲代さん,というよりも,あくまでも俳優の仕事に徹する仲代さんの姿を中心に据えたものになっていました。
 一方,アスリートシリーズのCFでは舞台が日本ではなくなり,外国人がクラウン・アスリートを運転する姿が映し出され,「アスリート」の名前ゆえにスポーツ選手が走る姿などが映像に散りばめられたものになっていました。

 webでの情報を見ると11代目クラウンはこの「アスリート」シリーズが人気だったようで,注意してみれば,今でもよく見かけるクルマではあります。ところが当時私が感じたクラウンの雰囲気は,なんとなく古くさくて,果たしてこれで売れるのかなぁ,という印象はありました。
 というのも,当時はクラウンのようなセダン形よりも,ワンボックス車が人気だった頃で,それも大型で高級なワンボックス車が売れ始めた頃だったのでした。
 仕掛けたのはトヨタが先でした。平成7年に3ナンバーワンボックスの「グランビア」をリリース。ハイエースをベースに衝突安全の意味も含めてエンジンを前方に置いた,ボンネットのあるデザインとしたのですが,十分高価な車種だったものの高級感にやや欠けるデザインにしてしまったのでした。
 その点を日産が平成9年にリリースしたキャラバンとホーミーの「エルグランド」に突かれます。初代エルグランドはえぐい程の高級感を打ち出し,不振の日産の中で飛ぶように売れ,なんとグランビアを廃盤に追い込んでしまいます。
 心機一転,トヨタはFF化された2代目エスティマをベースにより高級感を打ち出した「アルファード」をリリース,同時期に2代目となったエルグランドと戦い,ようやくシェアを勝ち取ります。しかしライバルの2代目エルグランドも互角の戦いをしていました。

 そのような状況下だったので,昔ながらのセダンはたまったものではありません。トヨタでは平成8年,「セダン・イノベーション」と称して8代目マークII/7代目チェイサー/6代目クレスタをリリースするのですが,例の不況期に開発されたボディだったため,基本が先代のキャリーオーバーだったこともあり,マークIIに限ってはそこそこ売れたものの,チェイサーとクレスタは人気が急降下します。平成12年の9代目マークII登場の際には,チェイサーとクレスタが廃止となり,クレスタの後継として「ヴェロッサ」が登場する(チェイサーは小型化した「アルテッツァ」が後継か)のですがこれがさっぱり売れません。そして9代目マークIIも大きな人気を得ることはできませんでした。
 ライバル日産も同じような状況で,平成5年に登場した6代目ローレルがAピラーを立てすぎたデザインで不人気車となり,平成9年の8代目でややスポーティなデザインに戻したものの時すでに遅く,これが最後のローレルになってしまいました。セドリックとグロリアも平成7年に9代目と10代目(この代はレパードも合流して三つ子車となる),平成11年に10代目と11代目となったのですが,こちらも徐々に人気が落ちてしまいます。

 他車と比べれば,確かにクラウンは当時,それらよりはやや売れていたことでしょう。平成12年には一度廃止したはずの2000ccハイメカツインカム車を再投入,平成13年には3000cc直噴エンジン車にモーター,36ボルトバッテリー,アイドリングストップ機能を搭載した「マイルドハイブリッド」車を追加します。マイルドハイブリッドは,プリウスのような本格的なハイブリッドと違い,初回発進時はエンジンの力だけで加速,減速時にモーターでエネルギーを回収し,停止するとエアコン等は動作させたままアイドリングストップ。再発進時に軽くモーターを回してクリープ,という仕組みになっており,燃費は2km/lほど向上していました。ところがこの頃の直噴"D-4"は現在のようなストイキ燃焼ではなくリーンバーン(希薄燃焼)だったため排出ガスの浄化に難があり,超低公害車ではなく優低公害車に終わっていたのが残念なところでした(加えてリーンバーンのためトラブルも多そうな感じがするのですがいかがだったでしょうか?)。
 また,簡易なハイブリッドシステムだったのでカローラ等の量販車への導入も期待されたのですが,残念ながらそれも果たされることはなく,環境を気にする官公庁向けにアピールしただけの車種に終わってしまいました。

 なお11代目クラウンには久しぶりにワゴンモデルが登場し「エステート」と称しました。実はこのクラウンエステートにお台場のMEGA WEBに運転席だけ座ってみたことがあるのですが,なんだかサイドウインドゥに不自然に接近した運転席の位置が気になってしまいました。前席3人乗車の可能性も考慮したレイアウトだったのかも知れないのですが,なんだか狭苦しい印象がありました。
 マジェスタも3代目になり,こちらも4ドアセダンとなったものの全体的には2代目をブラッシュアップさせたようなデザインとなったのですが,この代のマジェスタ以降,少しずつ印象が薄くなっていくような感じがしました。
 一方公用車向けの5ナンバーセダンは10代目が平成13年夏まで売られていたのですが,11代目以降,なんとタクシー用クラウンコンフォートと同じものに変わり,これが現行車となります。当初は2000cc6気筒スポーツツインカムベースのLPG車も用意されていたのですが平成14年に廃止(ガソリンハイメカツインカム車は存続)となります。

 平成13年,日産から11代目スカイラインが登場。それまでの古くさい「GTカー」としての歴史と伝統の直列6気筒エンジンを捨て,新たにV6エンジン搭載のラグジュアリーカーとして生まれ変わります。平成14年には3500ccエンジン車が登場,自社のセドリックやグロリアよりも上級の扱いをされるようになります。ということは,スカイラインは3000ccまでのエンジンしか持たないクラウンよりも上級,ということになってしまったのです。
 残念ながら11代目スカイラインは日本では不人気車となってしまったのですが,11代目スカイラインは主戦場が日本ではなく海外だったため,そちらのほうで人気を博します。さらに日本でも,円高が徐々に進行し,より本格的なドイツ製高級車が,クラウンにあと数百万円をたすだけで買えるようになってきました。
 このような状況に,トヨタは相当な危機感を抱いたのではないでしょうか。そして,クラウンも大きく生まれ変わることになるのです。

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