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2016年10月22日 (土)

実家が被災地になるとは…(家族は無事です)

 昨日の鳥取県中部の地震は,当地(岡山市)ではたいしたことなかったのですが,同僚から「震源は鳥取県中部だ」ということを聞き,最悪の事態を考えつつ,傍の仕事をしながら家族,親族と連絡をとりあうといった状況でした。

 一時連絡がとれない状況もありましたが,家族とはすべて連絡がとれ,あわてて実家等に帰らなくてもよいということで,あれだけ大変なことがありながら,当方は落ち着いているところです。

 被災地の皆様にお見舞い申し上げます。

 実は現在子どもの一人が鳥取市内に住んでいて,震源には近いがこいつはなんとか無事だろうと思い,LINEを送ったところすぐに「市内は停電のところがあるらしい」と返事を送ってきました。子どもは実習がなければ日常の居場所も住まいも鉄筋の建物内にいるはずで,実際に被害もほとんど受けず,物資を送ったりする必要もない模様でした。

 次に連絡がとれたのは倉吉市に住むいとこで,いとこもiPhoneを使っているのかiMessegeで連絡がとれました。「倉吉駅前の雑居ビルの壁が落ちた」という現場から近いところにいとこは住んでいるのですが,さすがに家具等が倒れたりしたとのこと。ただそれ以上の被害が書かれてないところをみると,高齢の伯母を含めていとこの家族は無事だった模様でした。

 そして「震度6弱」と報道され「避難所に2000人が避難している」と報道された東伯郡北栄町に住む父親とは,なかなか連絡がとれなかったのですが,地震から2時間後に自宅に電話をかけると,その北栄町の実家から無事だと電話がかかってきたとのこと。
 で,私もドコモ回線ocnモバイルone契約のiPhone5sで電話をかけてみると,さっきまでかかっていた発信規制が解除され,あっけなく実家につながってしまいました(実はau契約の父の携帯には電話がつながっていたが,留守電モードにしていてつながらなかった)。

 父はホームセンターに買い物に出ていた時に地震にあったらしく,そこからあわてて帰ってみると,母の墓の灯籠が倒れていて,家の中は鍋等が散乱していたという状況で,しかし窓ガラス等は割れていなかった,ということでした。

 震源の緯度・経度の情報を確認すると三朝温泉の南のあたりで,実は先日来鳥取県中部では震度3~4の地震が頻発しており,心配をしていたところでした。
 今からちょうど33年前の昭和58年10月31日にも,鳥取県中部を中心に当時は鳥取市で震度4,米子市で震度3と報道,しかし実家は震源に近いので,あれはやはり震度5くらいあったのではないかという地震がありました(震源は今回の地震とほぼ同じ場所)。
 当時は秋田県で日本海中部地震が発生し,津波で100人以上の方が亡くなった出来事がありましたが,同じ日本海側とはいいながら,阪神大震災や東日本大震災を経験した今とは違い,防災に対する関心は低く,深夜に大きな地震があったにも関わらず(さすがにNHKはすぐに電波を出していましたが)地元の民放ラジオは地震報道をすることもなく,当時私はなんとラジオ大阪で情報を収集した(そこで名番組「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」の存在を知った)ことがありました。
 学校なども防災意識は低く,当時通っていた高校では「40キロ競歩」というのを伝統行事として開催していたのですが,まさに地震の震源地近くを通るルートが設定してあり,しかも参加者である我々がまさにその震源地近くの「波関峠」というところを歩いている時に余震で大きく揺れた,ということがありました。地震が続いているのに予定通り,しかも震源地の近くで学校行事を開催するなんて,今では全く考えられないことです(といいながら,当時はお馬鹿な高校生だった私も「揺れた揺れた」と言って喜んでいたような気がする(爆))。

 今回もやっぱり同じところが揺れたので,「またか」という思いの方が強いです。今しばらくは余震が続くだろうと思いますし,私もたぶん近いうちに帰らないといけないような気もしています。明けない夜はありませんので,それを信じていただければと思います。

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