2018年9月29日 (土)

どこのトヨタの販売店でもすべてのトヨタの車種が購入できるようになると…

 レクサスを除いて4系列あるトヨタの販売店が,2025年までにどこのトヨタの販売店でもすべてのトヨタの車種が購入できることになるのだそうです。
 かつては日産・ホンダ・マツダ・三菱と,トヨタに見習って複数の販売チャンネルを持ち,形は同じだがフロントマスクなど微妙にデザインを変えた双子車・三つ子車が数多くリリースされていたものでしたが,いまやそのような販売体制をとれるメーカーはトヨタだけ。そのトヨタが,とうとう双子車・三つ子車戦略をやめるというのです。

 改めてトヨタの各車種について,販売店を調べてみました。Tはトヨタ店,Pはトヨペット店,Cはカローラ店,Nはネッツ店,4は全系列で売られているという意味です。素人調査ですので間違いがあると思います。

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2018年9月24日 (月)

三菱自動車の「軽」を振り返る(6)

 そういえばまだ続いていたこの連載。管理者多忙に付き年1回の掲載になってしまうかも知れませんが,引き続きよろしくお願いいたします。

 古くさい3ボックスセダンだった初代ミニカから一転し,テールゲートを持つ2ボックスのユーティリティに富むポディデザインを持った2代目ミニカが登場したのは,昭和44年夏のことでした。ということは,2代目ミニカの仕込みを始めたのは昭和40年頃であるはずであり,その年の暮れに同じく2ボックスのファストバックセダン(当初はテールゲートはなかった)であるコルト800が,前年に合併してひとつとなった三菱重工の水島自動車製作所からリリースされた頃でした。

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2017年8月13日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(5)

 久しぶりの「三菱自動車の『軽』を振り返る」シリーズですが,今回はこれまで触れてこなかったあのメーカーの話が中心となります。

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2017年2月18日 (土)

三菱自動車の「軽」を振り返る(4)

 この頃までの軽商用車と言えば,エンジンルームが前についたもの(愛知機械コニーのように,ボンネットがありながらエンジンはシート下にあるものもあった)が当たり前だったのですが,どうしても荷台(荷物室)が狭くなってしまうのが難点でした。

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2016年11月27日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(3)

 バン,後にピックアップも追加された三菱360はそこそこ成功し,ついに昭和37年10月,三菱360の乗用車版をつくることになりました。
 新三菱は昭和35年から,軽自動車より少し大きいクラスに,名古屋製作所製の「三菱500」をリリースしていましたが,これがさっぱり人気がなく,マイナーチェンジの上,「コルト600」と,ペットネームを付けて販売されました。ペットネームを付けたからといって,そう簡単に売れ行きが伸びるわけにはいかなかったのですが,水島製作所の新型軽乗用車に「三菱360セダン」などと無粋な名前を付けるわけにもいかなかったでしょう。
 三菱360の乗用車版には,ここで「ミニカ」というペットネームが付けられました。

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2016年8月20日 (土)

三菱自動車の「軽」を振り返る(2)

 ここで初めてお知らせすることになり大変心苦しいのですが,拙ブログ,しばらく前から「原則月1回更新」と,これまでの方針を大幅に変更させていただいております。
 理由は表の仕事が多忙になってしまったためです。気が向いたら更新頻度を若干上げるかも知れませんが,数年前のように,毎週書くわけにはいかなくなったことを,ご了承いただければと思います(って,そんなに誰も期待していないでしょ…)。

 さて,

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 クルマは,3輪あればとりあえず安定して立っていられる。しかし実際に走ってみると,4輪の方がもっと安定する。というわけかどうかわからないのですが,軽自動車の規格が決まった後,4輪の軽自動車から開発を始めるメーカーも多くありました。

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2016年6月26日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(1)

 三菱自動車の軽自動車が大変なことになっています。
 しかし,「燃費の偽装」,ということまでは予測できなかったものの,拙ブログでは過去の「くるまねた」記事で何度か,このメーカーの異常さを取り上げており,このメーカーならやりそうなことだなぁ,という感慨しか持ちません。

・燃費がいいからと言って売れるとは限らない…。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2013/03/post-4d3f.html
・高性能なラリーカーと,低廉なビジネス仕様しかないクルマ。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2012/11/post-cd02.html
・直噴ガソリンエンジンの悲劇http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2012/07/post-88f2.html
・エリマキトカゲだけヒットするhttp://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2011/06/post-2a16.html
・どうして2ストロークになったのか…。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2010/11/2-30aa.html

 燃費問題が未解決のまま,三菱自動車は日産自動車の傘下に入ることになったり,他社でも燃費偽装が明らかとなったりするなど,この問題はまだまだ現在大きく進行中の事案であり,現時点で拙ブログで何かを語る段階ではありません。拙ブログにできることは,だから今三菱自動車製の軽自動車を振り返ることなのではないかと思いました。

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2014年11月16日 (日)

徳大寺有恒さん亡くなる

 ブログを毎週更新する元気が最近なくなったもので,またも2週間放置状態でしたね。

 その間,自動車評論家の徳大寺有恒さんが亡くなる,というニュースが飛び込みました。徳大寺さんはここ数年体調を崩されておられましたので,ついに来るべき日が来たかという印象がありました。ご冥福をお祈りします。

 徳大寺さんが1976年に出し,それから30年近く毎年刊行,その後空白期間があった後,試乗レポートを島下泰久さんに委ねて再刊された「間違いだらけのクルマ選び」は,自動車業界に多大な影響を与えた本となりました。今から50年近く前,ある自動車評論家が,6気筒化された2代目クラウンのレポートを書くのに,当初はツインキャブ仕様の新車を貸してもらう予定だったのが,シングルキャブ仕様のちょっとヤレてしまった社用車が貸し出されてしまうということがありましたが(拙ブログ「たとえ何年先になっても,いつかはクラウン…。」参照),徳大寺さんのおかげで自動車評論家の地位は確実に向上した,と言っても言い過ぎではないでしょう。

 この38年間に,「日本で乗る分には良い日本車」から,「世界的にも通用する日本車」に変わっていったのは,一番には各メーカーの努力が大きいでしょうが,やはり徳大寺さんを始めとする自動車評論家の力も大きかったことでしょう。とはいっても,「『間違いだらけのクルマ選び』という本の影響力は大きいぞ」と各自動車メーカーに認知されるのに4~5年程度,そこから,新しい自動車をリリースするのに4~5年程度かかっていることを考えて,徳大寺さんが「これだ!!」と思ったクルマがリリースされるようになったのはやはり昭和60~62年頃のことになるでしょうか。そう思ってその当時リリースされたクルマを見てみると,

・トヨタの2代目ソアラ
・日産の6代目セドリック・7代目グロリア
・三菱の6代目ギャラン
・マツダの2代目サバンナRX-7
・ホンダの3代目アコード・2代目ビガー
・いすゞの2代目ジェミニ

などどいうあたりの車種は本当によく考えられて作られたものだったように思います。

 ところがその後自動車業界は,あるメーカーがある企画で売れるとそれに他社も追従する,という構図に陥ってしまい,これまでに,クロスカントリー車,高価格車,安全ボディ車,ワンボックス車,低燃費車,…,などと出てきましたっけ。
 また,インターネットの普及により市井の人びとが「自動車評論」をするようになってしまいました。インターネット評論家の「日常生活に基づいた身近な意見」は,自動車を購入する上で大変貴重な意見ではあるのですが,自動車の歴史を勉強した自動車評論家に比べるとどうしてもその場その場の意見でしかなく,そして自動車メーカー自身が,自動車評論家ではなく,市井のネット評論家の意見を参考にするようになってから,どうも各メーカーともクルマ作りに1本筋が通らなくなってしまったのではないかなぁ,と思い始めるようになってしまいました。で,結局どうなったかというと,

・いすゞは乗用車の製造,販売から撤退してしまった。
・マツダはロータリーエンジン車を作らなくなってしまった。
・ホンダはスポーツカー作りをあきらめてしまった(ただし復活予定あり)。
・ダイハツは自社ブランドの登録車作りをほぼあきらめてしまった。
・スバルは軽自動車の製造から撤退してしまった。
・三菱は日本国内での自動車販売をほぼあきらめつつある。
・日産は国内でのセダン型乗用車の販売をほぼあきらめつつある。

といった有り様で,日本の自動車業界で好き勝手できるのはもはやトヨタだけ,という状況となってしまいました。まるで,巨人が一人勝ちしてしまった挙げ句,人気を失ってしまった日本のプロ野球界を思わせるような状況です。

 徳大寺さん亡き後,日本の自動車業界はどうなっていくのでしょうか。少なくとも,「間違いだらけのクルマ選び」の刊行された直後の,まだ各メーカーとも元気があった頃の状況には,もはや戻れないのではないか,という印象があります。

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2012年10月20日 (土)

むやみに大きくすりゃいいってもんじゃない

 初代パッソのCFで予告された通り(!?),2代目ヴィッツは平成17年早々に,新しいプラットフォームにより先代よりやや大型化して登場しました。
 今回のモデルからヨーロッパだけでなくアメリカ市場も狙うことになり,衝突安全性能をさらに向上させたといいます。全長は14cm,ホイールベースは9cm拡大され,全高も2cm高められ,全幅は5ナンバーフルサイズとなりました。

 エンジンは1500と1300の4WD用がトヨタ製の4気筒エンジン,4WD以外の1300がダイハツ製の4気筒エンジン,そして1000ccにはなんと,初代と同じダイハツ製ながら4気筒ではなく,パッソと同じ3気筒のものが搭載されることになったのでした。
 ボディは,ヨーロッパ向けには引き続き3ドアハッチバックも用意されたのですが,国内向けは5ドアハッチバック1本に絞られました。先代のイメージを引き継ぎ全体としては丸っこいイメージは続いているのですが,ところどころにシャープなラインが追加され,先代よりもスポーティなイメージがあります。ただし,先代の特徴だった愛らしさは若干損なわれてしまいました。
 ヴィッツは初代でかなり多くのユーザを獲得しこのクラスの定番的な車種となったため2代目もそれなりに高い人気を保っていたのですが,ややデザインがスポーティに振られてしまったからなのか,先代ほど大人気というわけにはいかなかったように思います。

 なおラジエータグリルの楕円エンブレムがトヨタのTマークからネッツ店専売を表すNマークに変更されました。この2代目ヴィッツが初の装着となり,ネッツ店専売となる車種については順次TマークからNマークのエンブレムに変更されていきました。

 スポーティといえば,グッドルッキングで好評だったはずのミニワゴン,「ファンカーゴ」がなんとここでいきなり終息となり,平成17年秋に後継として「ラクティス」と呼ばれるミニワゴンが登場したのでした。
 前述の通りファンカーゴは決して不人気車ではありませんでした。ただWikipediaによると末期には競合車種が多く販売数が伸び悩んだ,といいます。当時のライバルはといえば,マツダ・デミオは2代目となってミニワゴンながらやや普通のハッチバックに近づいたデザインになってファンカーゴの直接的なライバルではなくなりました。ホンダ・キャパ後継で初代フィットベースのモビリオは7人乗れるのが売りでしたがフィットとは似ても似つかぬ鈍重なデザインであえなく撃沈。すると,ファンカーゴの直接的なライバルになったのは日産の2代目キューブということでしょうか。3代目マーチをベースにし,エッジを丸めた名前の通りの「箱」然としたデザインを持つワゴンで,左右非対称のデザインが特徴的で,スポーティさはなかったのですがこれが若者によく売れたのでした。
 そこでファンカーゴの後継車を作るに当たり,多用途性に加えて「スポーティ」という面を強調することにしたのでしょう。Aピラーをうんと傾けたボディにパドルシフト式のCVTを搭載,1300,1500ながらよく走る,というイメージを打ち出して販売したところ,これが非常によく売れたのでした。

 一方,国内では「プラッツ」と呼ばれたヴィッツの4ドアセダン版も名称変更となり,平成17年秋に「ベルタ」という名前に変わりました。
 全長を15cm拡張してそれまでのプラッツの寸詰まりのイメージから伸びやかなイメージを持つようになりました。ただCFで「美しいセダン」と言っていたのは,やや言い過ぎだったような印象もありました。エンジンは1300ccに加え1000cc3気筒も用意。4ドアセダンの1000cc車は初代パブリカ・スターレット以来(公害対策前)のことでしょうか。パプリカ・スターレットと違いベルタはそれなりに大きいボディなので,1000ccで走るんかいなと余計な心配をしそうになりました。
 ただベルタは,やはりヒット作というわけにはいかず,カローラに一時1300cc車がなくなったこともありどうしても,「お年寄りが乗るクルマ」とか,「会社の名前がドアに書いてあるクルマ」という印象しか残っていないです。

 先代の人気が急激になくなってしまったクルマが2代目istでした。初代istはホンダの初代フィットの登場で初代ヴィッツの人気が少々霞んでいた時に登場し爆発的に売れた車種だったのですが,平成19年夏に登場した2代目は対米輸出を考慮してヴィッツよりも幅広の1725mmという3ナンバーサイズのボディを持つようになってしまったのでした。
 ボディが3ナンバーサイズになったこともあり,エンジンもそれまでの1300をやめて新たに1800を追加,1500と1800の2本立てとして売ることになったのでした。

 その結果,どんなことになったのか。
 istは先代末期からネッツ店の専売車種となったのですが,そのネッツ店では,前年の平成18年秋から2代目istと同じ3ナンバー5ドアハッチバックで,同じ1800と1500のエンジンを持つ,アレックス改め「オーリス」も販売していたのです。
 オーリスとistはボディサイズに若干の違いがあるとはいえ排気量が同じで,同じ3ナンバー。しかしistがヴィッツの変わり形なのに対しオーリスはヨーロッパ市場で本格的に売っていくクルマなので,両車が同じネッツ店に並んでいれば,安直な作りのistよりも本格的なオーリスを選ぶのは当然のことでしょう。
 2代目istに1800がなく1300があれば話は変わっていたかも知れないのですが,istは販売チャンネルを変えない限り売れることはないクルマだったのでしょう。2代目ヴィッツファミリーで唯一モデルチェンジから取り残されたistは,今後どうなっていくのでしょうか。
 もちろん根底には日本人の「3ナンバーアレルギー」もあったのかも知れませんが,トヨタにしては珍しいマーケティングの失敗例でした。

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2012年10月 6日 (土)

昔は渾身の1台だったのだが,名前が変わった今では…。

 人気のヴィッツよりも下の車格とし,「軽自動車では小さすぎるから…」というユーザの取り込みを企画し平成16年夏に登場したのが,ダイハツ・ストーリア/トヨタ・デュエットの後継の初代ダイハツ・ブーンと初代トヨタ・パッソです。
 これらの車種を開発し製造しているのがダイハツなので,本稿ではブーンを先に表記し,パッソを後に記すことにするのですが,後述のとおり企画はトヨタで,これら2車種の販売台数も圧倒的にトヨタの方が多いので,一般には「パッソ/ブーン」という書き方の方が通りがよいかも知れません。
 さらにWikipediaにも記述がある通り,そっくり同じ形をしているのに,この2車種はOEM関係にはなく,ブーンはダイハツの型式呼称,パッソはトヨタの型式呼称を持つというのです。どうしてそのようになっているのか,もはやダイハツとトヨタと国土交通省しかわからないような状況になっています,が,それは本稿で追究すべき問題ではなさそうです。

 ブーン/パッソは,求めやすさや取りまわしのしやすさを求め軽自動車のプラットフォームをもとに開発したとされます。例によってダイハツ側ではあまり宣伝をしなかったのですが,トヨタ側では「プチトヨタ」と称してトヨタ最小の乗用車であることを大々的に宣伝したものでした。
 それまで(もちろん現に販売されているトヨタ車の中で)最小だったのは初代ヴィッツであり,確かに全長は初代ヴィッツの3610mmに対して3600mm(差は1cm!?)なのですが,全高は高いと言われた初代ヴィッツの1500mmに対して1535mm,全幅は初代ヴィッツの1660mmに対し1665mm,車重は初代ヴィッツの810kgに対し900kgと,決してメーカーの言う通り最小と言うわけではありませんでした。
 しかし翌年早々,ヴィッツは2代目となり,全高はともかく全長,全幅は初代パッソよりも大きくなり,ここで名実共に「トヨタ最小プチトヨタ」となったわけです。少々フライング気味の宣伝だったでしょうか。逆に言えば,当時は「プチトヨタ」の宣伝を見て,「次期ヴィッツはやや大きめのボディで登場するのだな」と想像したものでした。

 ボディはリヤがほとんど直立した5ドアハッチバックの1本のみ。エンジンはどちらもダイハツ製の新型で,1000ccはダイハツ伝統の3気筒,1300ccは4気筒と,初代ヴィッツに採用されたものとは違うものが搭載されました。可変バルブタイミング機構を搭載し,出力は71psにまで高められました。
 「ヴィッツの下」という販売戦略が功を奏し,ブーンはともかく,初代パッソは人気車種となりました。
 一応スポーツバージョンも用意され,平成16年末にはパッソ1300に「レーシー」と呼ばれる内外装だけスポーツバージョンとしたモデルが(ダイハツではブーン「カスタム」となる),そして平成18年春には,ブーンに待望の「X4」と呼ばれるモータースポーツ用車種が追加されます。ストーリアにも存在した「X4」のブーン版では,1000cc3気筒のエンジンは使わずに,過給機付きで1600ccのクラスに参戦できるよう,まず1300cc4気筒のエンジンをショートストローク化して936ccとし,そこにターボチャージャーを取り付けて133psの出力を取り出したのです。

 東京はお台場に"MEGA WEB"というトヨタの大きなショールームがあり,何年か前に上はレクサスLSから下はこのパッソまでいろいろなクルマを見て回ったことがあります。で,実はこの"MEGA WEB"には,その当時はダイハツの軽自動車も展示されていたのでした。トヨタのパッソのシートに座ったり,リヤゲートを開けてトランクの中を見た後に,ダイハツの,確かリリースされたばかりの4代目ムーブだったと思うのですが,同じようにシートに座ったりして,「同じダイハツで作っているのにこんなに作りが違うのか!」とびっくりしたことがありました。当然,ムーブの方が高級で,パッソの方が安っぽい,という感じでした。なぜダイハツでブーンが売れないのか,分かったような気がしました。ブーンを買うつもりでダイハツのショールームにやってきて,このムーブの質感を見てしまい,しかもムーブの方が,燃費はともかく税金などの維持費は少ない,と言われたら,「ブーンはやめて,ムーブにしようか」ということになるではないですか。
 実はダイハツでは,豪華になった軽自動車を反省し,装備を極端に抑え価格を安くしてお買い物グルマに徹した「エッセ」というモデルがありました(この後継が低燃費で話題となったミラ・イース)。車格に似合わない有名女優をCFに起用して,気取った女性が安っぽいお買い物グルマに乗る,という逆説的な宣伝が当たり,そこそこ売れた車種でした。このエッセの企画を登録車に持ち込んだのがブーン/パッソだったのか,と思ったものでした。

 いや,普通車ゆえに軽自動車よりも機構的に無理がないからよいのでは,と言われたその「燃費」もどうだったか。私の同僚が軽自動車に代えてこの初代パッソ1000を購入。「燃費はさぞかしよいでしょう」と尋ねたら,それが思ったほどよくなく,通勤経路が全線市街地というハンデはあるのだが,リッター10kmを少し超える程度だとのこと。
 本当にそうなのかと思い,今は「荒らし」で廃止されてしまったcarviewの掲示板を見てみると,「思ったほど燃費がよくない」というスレッドが立っていました。その中で「結構燃費はよい」というコメントを読んでみると,地方の結構条件のよい道路で使っていた,というような実態で,どうもこのブーン/パッソは,市街地で使うとあまり燃費に優れないエンジンが搭載されていたのかも知れません。

 このブーン/パッソをベースに開発されたのがチョイ悪系ミニワゴンの2代目トヨタbBでした。このクルマも複雑な経路をたどっていて,初代は初代ヴィッツをベースにしていました。ところが2代目は国内向けは初代パッソをベースにしたものの,輸出用のサイオンxBは,ボディを大型化するために2代目はオーリスベースとなり,それが国内では3ナンバー化した「カローラ・ルミオン」になったのでした。「動く音楽プレーヤ」と称し,フロントシートを沈み込ませて陰でよからぬことをするための視線を遮りくつろぐための「まったりモード」付きシートが搭載されていたといいます。
 このbBのダイハツ版で,ブーンをベースにしたもの(なぜこのような面倒な書き方をしているかというと,この2車種も型式呼称が別だから)が「クー」と呼ばれ,「まったりモード」付きシートもなく,やや女性向きの仕様になっているのだそうです。さらにこのクーはトヨタの傘下に入った富士重工にもOEM供給され,スバル・デックス(型式呼称はダイハツのもの)として市販されたのですが,2代目ラクティスのOEM版である「トレジア」リリースに伴い先に販売終了されました。

 さらに,このブーンの7人乗り版が,平成20年末登場のブーン・ルミナス/パッソ・セッテでした。これらはブーンをベース(なぜ「パッソ」の記述がないかというと,これは両車ともダイハツの型式呼称が付いていて,パッソ・セッテはブーン・ルミナスのOEMになっているから。ああややこしい)に7人乗り5ドアワゴンとしたもので,エンジンはダイハツ製の1500cc4気筒エンジンが搭載されていました。
 これらは初代ヴィッツベースのシエンタの後継となる予定だったのですが,どういうわけか販売が伸び悩みました。Wikipediaによると,翌平成21年に始まったいわゆるエコカー減税に対応した車種が存在しなかったため,と言われています。またこのクラスでは2代目フィットベースのホンダ・フリードが,値段が高いながらも圧倒的に強力でした。その結果,なんと古いモデルのシエンタが,一時生産中止となったものの復活を遂げて生き残り,ブーン・ルミナスとパッソ・セッテは今年春,ひっそりと製造終了してしまったのでした。

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