2019年8月25日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(7)

 うちに三菱ミニカがやってきたのは昭和46年の3月終わりだったと思います。それまでは中古の初代マツダキャロル2ドア(初期型なので18ps仕様)に父は乗っていました。キャロルはあの小さかった旧規格の軽自動車のサイズで3ボックスセダンを構築しており,リヤにエンジンを持ちフロントのボンネット部分は事実上スペアタイヤスペースになっているため,荷物を入れるスペースがありません。ラゲッジスペースの少なさを少しでも改善するため助手席をダブルフォールディングで折り畳み,そのスペースに荷物が置けるよう工夫されていました。休日の買い物帰りの際,助手席を畳みクラフト紙の買い物袋をそこに置いて家に帰った記憶があるのですが,そうなると3人しか乗れなくなってしまうという欠点もありました(うちは3人家族だったので問題はなかった)。
 従って当時実家への帰省は,パワレスで荷物の載らないキャロルではなく,会社のスバルサンバーで帰ることが多かったように思います。
 父はその会社の車で事故をしてしまい,当てられた人にこのキャロルを貸し出すのですが,「遅くて仕方がない」とこぼされたのだとか。

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2018年9月29日 (土)

どこのトヨタの販売店でもすべてのトヨタの車種が購入できるようになると…

 レクサスを除いて4系列あるトヨタの販売店が,2025年までにどこのトヨタの販売店でもすべてのトヨタの車種が購入できることになるのだそうです。
 かつては日産・ホンダ・マツダ・三菱と,トヨタに見習って複数の販売チャンネルを持ち,形は同じだがフロントマスクなど微妙にデザインを変えた双子車・三つ子車が数多くリリースされていたものでしたが,いまやそのような販売体制をとれるメーカーはトヨタだけ。そのトヨタが,とうとう双子車・三つ子車戦略をやめるというのです。

 改めてトヨタの各車種について,販売店を調べてみました。Tはトヨタ店,Pはトヨペット店,Cはカローラ店,Nはネッツ店,4は全系列で売られているという意味です。素人調査ですので間違いがあると思います。

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2018年9月24日 (月)

三菱自動車の「軽」を振り返る(6)

 そういえばまだ続いていたこの連載。管理者多忙に付き年1回の掲載になってしまうかも知れませんが,引き続きよろしくお願いいたします。

 古くさい3ボックスセダンだった初代ミニカから一転し,テールゲートを持つ2ボックスのユーティリティに富むポディデザインを持った2代目ミニカが登場したのは,昭和44年夏のことでした。ということは,2代目ミニカの仕込みを始めたのは昭和40年頃であるはずであり,その年の暮れに同じく2ボックスのファストバックセダン(当初はテールゲートはなかった)であるコルト800が,前年に合併してひとつとなった三菱重工の水島自動車製作所からリリースされた頃でした。

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2017年8月13日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(5)

 久しぶりの「三菱自動車の『軽』を振り返る」シリーズですが,今回はこれまで触れてこなかったあのメーカーの話が中心となります。

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2017年2月18日 (土)

三菱自動車の「軽」を振り返る(4)

 この頃までの軽商用車と言えば,エンジンルームが前についたもの(愛知機械コニーのように,ボンネットがありながらエンジンはシート下にあるものもあった)が当たり前だったのですが,どうしても荷台(荷物室)が狭くなってしまうのが難点でした。

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2016年11月27日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(3)

 バン,後にピックアップも追加された三菱360はそこそこ成功し,ついに昭和37年10月,三菱360の乗用車版をつくることになりました。
 新三菱は昭和35年から,軽自動車より少し大きいクラスに,名古屋製作所製の「三菱500」をリリースしていましたが,これがさっぱり人気がなく,マイナーチェンジの上,「コルト600」と,ペットネームを付けて販売されました。ペットネームを付けたからといって,そう簡単に売れ行きが伸びるわけにはいかなかったのですが,水島製作所の新型軽乗用車に「三菱360セダン」などと無粋な名前を付けるわけにもいかなかったでしょう。
 三菱360の乗用車版には,ここで「ミニカ」というペットネームが付けられました。

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2016年8月20日 (土)

三菱自動車の「軽」を振り返る(2)

 ここで初めてお知らせすることになり大変心苦しいのですが,拙ブログ,しばらく前から「原則月1回更新」と,これまでの方針を大幅に変更させていただいております。
 理由は表の仕事が多忙になってしまったためです。気が向いたら更新頻度を若干上げるかも知れませんが,数年前のように,毎週書くわけにはいかなくなったことを,ご了承いただければと思います(って,そんなに誰も期待していないでしょ…)。

 さて,

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 クルマは,3輪あればとりあえず安定して立っていられる。しかし実際に走ってみると,4輪の方がもっと安定する。というわけかどうかわからないのですが,軽自動車の規格が決まった後,4輪の軽自動車から開発を始めるメーカーも多くありました。

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2016年6月26日 (日)

三菱自動車の「軽」を振り返る(1)

 三菱自動車の軽自動車が大変なことになっています。
 しかし,「燃費の偽装」,ということまでは予測できなかったものの,拙ブログでは過去の「くるまねた」記事で何度か,このメーカーの異常さを取り上げており,このメーカーならやりそうなことだなぁ,という感慨しか持ちません。

・燃費がいいからと言って売れるとは限らない…。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2013/03/post-4d3f.html
・高性能なラリーカーと,低廉なビジネス仕様しかないクルマ。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2012/11/post-cd02.html
・直噴ガソリンエンジンの悲劇http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2012/07/post-88f2.html
・エリマキトカゲだけヒットするhttp://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2011/06/post-2a16.html
・どうして2ストロークになったのか…。http://kusup.cocolog-nifty.com/pasores/2010/11/2-30aa.html

 燃費問題が未解決のまま,三菱自動車は日産自動車の傘下に入ることになったり,他社でも燃費偽装が明らかとなったりするなど,この問題はまだまだ現在大きく進行中の事案であり,現時点で拙ブログで何かを語る段階ではありません。拙ブログにできることは,だから今三菱自動車製の軽自動車を振り返ることなのではないかと思いました。

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2012年10月 6日 (土)

昔は渾身の1台だったのだが,名前が変わった今では…。

 人気のヴィッツよりも下の車格とし,「軽自動車では小さすぎるから…」というユーザの取り込みを企画し平成16年夏に登場したのが,ダイハツ・ストーリア/トヨタ・デュエットの後継の初代ダイハツ・ブーンと初代トヨタ・パッソです。
 これらの車種を開発し製造しているのがダイハツなので,本稿ではブーンを先に表記し,パッソを後に記すことにするのですが,後述のとおり企画はトヨタで,これら2車種の販売台数も圧倒的にトヨタの方が多いので,一般には「パッソ/ブーン」という書き方の方が通りがよいかも知れません。
 さらにWikipediaにも記述がある通り,そっくり同じ形をしているのに,この2車種はOEM関係にはなく,ブーンはダイハツの型式呼称,パッソはトヨタの型式呼称を持つというのです。どうしてそのようになっているのか,もはやダイハツとトヨタと国土交通省しかわからないような状況になっています,が,それは本稿で追究すべき問題ではなさそうです。

 ブーン/パッソは,求めやすさや取りまわしのしやすさを求め軽自動車のプラットフォームをもとに開発したとされます。例によってダイハツ側ではあまり宣伝をしなかったのですが,トヨタ側では「プチトヨタ」と称してトヨタ最小の乗用車であることを大々的に宣伝したものでした。
 それまで(もちろん現に販売されているトヨタ車の中で)最小だったのは初代ヴィッツであり,確かに全長は初代ヴィッツの3610mmに対して3600mm(差は1cm!?)なのですが,全高は高いと言われた初代ヴィッツの1500mmに対して1535mm,全幅は初代ヴィッツの1660mmに対し1665mm,車重は初代ヴィッツの810kgに対し900kgと,決してメーカーの言う通り最小と言うわけではありませんでした。
 しかし翌年早々,ヴィッツは2代目となり,全高はともかく全長,全幅は初代パッソよりも大きくなり,ここで名実共に「トヨタ最小プチトヨタ」となったわけです。少々フライング気味の宣伝だったでしょうか。逆に言えば,当時は「プチトヨタ」の宣伝を見て,「次期ヴィッツはやや大きめのボディで登場するのだな」と想像したものでした。

 ボディはリヤがほとんど直立した5ドアハッチバックの1本のみ。エンジンはどちらもダイハツ製の新型で,1000ccはダイハツ伝統の3気筒,1300ccは4気筒と,初代ヴィッツに採用されたものとは違うものが搭載されました。可変バルブタイミング機構を搭載し,出力は71psにまで高められました。
 「ヴィッツの下」という販売戦略が功を奏し,ブーンはともかく,初代パッソは人気車種となりました。
 一応スポーツバージョンも用意され,平成16年末にはパッソ1300に「レーシー」と呼ばれる内外装だけスポーツバージョンとしたモデルが(ダイハツではブーン「カスタム」となる),そして平成18年春には,ブーンに待望の「X4」と呼ばれるモータースポーツ用車種が追加されます。ストーリアにも存在した「X4」のブーン版では,1000cc3気筒のエンジンは使わずに,過給機付きで1600ccのクラスに参戦できるよう,まず1300cc4気筒のエンジンをショートストローク化して936ccとし,そこにターボチャージャーを取り付けて133psの出力を取り出したのです。

 東京はお台場に"MEGA WEB"というトヨタの大きなショールームがあり,何年か前に上はレクサスLSから下はこのパッソまでいろいろなクルマを見て回ったことがあります。で,実はこの"MEGA WEB"には,その当時はダイハツの軽自動車も展示されていたのでした。トヨタのパッソのシートに座ったり,リヤゲートを開けてトランクの中を見た後に,ダイハツの,確かリリースされたばかりの4代目ムーブだったと思うのですが,同じようにシートに座ったりして,「同じダイハツで作っているのにこんなに作りが違うのか!」とびっくりしたことがありました。当然,ムーブの方が高級で,パッソの方が安っぽい,という感じでした。なぜダイハツでブーンが売れないのか,分かったような気がしました。ブーンを買うつもりでダイハツのショールームにやってきて,このムーブの質感を見てしまい,しかもムーブの方が,燃費はともかく税金などの維持費は少ない,と言われたら,「ブーンはやめて,ムーブにしようか」ということになるではないですか。
 実はダイハツでは,豪華になった軽自動車を反省し,装備を極端に抑え価格を安くしてお買い物グルマに徹した「エッセ」というモデルがありました(この後継が低燃費で話題となったミラ・イース)。車格に似合わない有名女優をCFに起用して,気取った女性が安っぽいお買い物グルマに乗る,という逆説的な宣伝が当たり,そこそこ売れた車種でした。このエッセの企画を登録車に持ち込んだのがブーン/パッソだったのか,と思ったものでした。

 いや,普通車ゆえに軽自動車よりも機構的に無理がないからよいのでは,と言われたその「燃費」もどうだったか。私の同僚が軽自動車に代えてこの初代パッソ1000を購入。「燃費はさぞかしよいでしょう」と尋ねたら,それが思ったほどよくなく,通勤経路が全線市街地というハンデはあるのだが,リッター10kmを少し超える程度だとのこと。
 本当にそうなのかと思い,今は「荒らし」で廃止されてしまったcarviewの掲示板を見てみると,「思ったほど燃費がよくない」というスレッドが立っていました。その中で「結構燃費はよい」というコメントを読んでみると,地方の結構条件のよい道路で使っていた,というような実態で,どうもこのブーン/パッソは,市街地で使うとあまり燃費に優れないエンジンが搭載されていたのかも知れません。

 このブーン/パッソをベースに開発されたのがチョイ悪系ミニワゴンの2代目トヨタbBでした。このクルマも複雑な経路をたどっていて,初代は初代ヴィッツをベースにしていました。ところが2代目は国内向けは初代パッソをベースにしたものの,輸出用のサイオンxBは,ボディを大型化するために2代目はオーリスベースとなり,それが国内では3ナンバー化した「カローラ・ルミオン」になったのでした。「動く音楽プレーヤ」と称し,フロントシートを沈み込ませて陰でよからぬことをするための視線を遮りくつろぐための「まったりモード」付きシートが搭載されていたといいます。
 このbBのダイハツ版で,ブーンをベースにしたもの(なぜこのような面倒な書き方をしているかというと,この2車種も型式呼称が別だから)が「クー」と呼ばれ,「まったりモード」付きシートもなく,やや女性向きの仕様になっているのだそうです。さらにこのクーはトヨタの傘下に入った富士重工にもOEM供給され,スバル・デックス(型式呼称はダイハツのもの)として市販されたのですが,2代目ラクティスのOEM版である「トレジア」リリースに伴い先に販売終了されました。

 さらに,このブーンの7人乗り版が,平成20年末登場のブーン・ルミナス/パッソ・セッテでした。これらはブーンをベース(なぜ「パッソ」の記述がないかというと,これは両車ともダイハツの型式呼称が付いていて,パッソ・セッテはブーン・ルミナスのOEMになっているから。ああややこしい)に7人乗り5ドアワゴンとしたもので,エンジンはダイハツ製の1500cc4気筒エンジンが搭載されていました。
 これらは初代ヴィッツベースのシエンタの後継となる予定だったのですが,どういうわけか販売が伸び悩みました。Wikipediaによると,翌平成21年に始まったいわゆるエコカー減税に対応した車種が存在しなかったため,と言われています。またこのクラスでは2代目フィットベースのホンダ・フリードが,値段が高いながらも圧倒的に強力でした。その結果,なんと古いモデルのシエンタが,一時生産中止となったものの復活を遂げて生き残り,ブーン・ルミナスとパッソ・セッテは今年春,ひっそりと製造終了してしまったのでした。

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2012年9月15日 (土)

トヨタ・マジックはやめました…ほんとに!?

 確か父親は,それまで乗っていた7代目カローラのことを,亡くなった私の母親が乗っていたから,つぶれるまで乗る,と,かねてから言っていたような覚えがあります。7代目カローラは,購入後5年でシートがへたったり,エンジンの音が少しやかましくなったりして,はた目にはずいぶんぼろくなったような印象もあったのですが,母の形見のように思っているから,長く乗るのだろうなと私も思っていたのでした。

 ところが父親は,この7代目カローラを購入して11年後の平成15年に,あっさり9代目カローラに買い替えてしまったのでした。
 義妹が金沢に嫁ぐことになり,その結婚式に義妹とはあまり関係がないであろう私の父親も呼ばれ,結婚式前日にマイクロバスで金沢まで行こうとしているそのときに,新しいカローラのワゴン,フィールダーに乗ってやってきたのでした。
 グレードは1500のX。7代目カローラのSEリミテッドはオートエアコンが付いていたのに対し,このフィールダーXはマニュアルエアコンだったので,グレードはダウンしていたのでしょうが,使いこなせるのかどうかはともかくとして純正のDVDカーナビをオプション装着していました。
 この代のカローラはデザイン的にはものすごくよくなったような印象があったのですが,実際に運転してみるとやっぱりカローラで,特に可もなく不可もなく,これといった特徴を感じることはありませんでした。

 このカローラ・フィールダーは前年の平成14年にマイナーチェンジを受けたモデルであり,平成12年排出ガス基準の25%低減レベルから75%低減レベル,いわゆる「超-低排出ガス」認定に変更されていました。燃費も改善され,父親によると7代目カローラよりも燃費はかなりよくなったとのことでした。
 しかしその反面,大したことではないのですが,ヒーターの効きが悪くなったように思いました。当時私はトラブル続きで1400ccなのに燃費が悪い某車に乗っていたのですが,燃費が悪い反面冬季のヒーターの効きは抜群で,ほんの数百メートル走っただけですぐ温風が出てきていました。
 父親が我々の住む所で前立腺ガンの手術(といっても放射線の出る粒を埋め込むものだったが)を受けることになったのでした。ある年の冬,手術前に我々の住む家を訪れ,カローラ・フィールダーを置いて大学病院に入院したのでした。手術を終えて実家に帰ることになり,父のカローラ・フィールダーに乗って一旦私の仕事場へ,次いで父を迎えに大学病院に行ったのですが,いつも乗っているぼろ車と違い,なかなかヒーターから温風が出てこず,ようやく温風が出たのは,家から2キロほど走った頃だったのでした。燃費のよい車はそういうものなのかと思ったものでした。

 実は父親は,9代目カローラよりも7代目の方がよかったといいます。それはなぜかというと,7代目は作りがよかったのに,9代目は作りが安っぽい,ということだからだそうです。
 確かに,この頃のトヨタはコストダウンが上手になった反面,バブル期のトヨタのような「ぜいたくさ」を演出することが上手ではなかったかも知れません。7代目のカローラにはオートエアコンが付いていたのに,このカローラにはマニュアルエアコンしかついていないから,父親の言うことも一理あるのかなぁ,とそのときは思っていました。

 さて,父親はこの車を購入してすでに9年半が経過し,走行距離もすでに10万キロを超えています。実は先日,父親が肺に膿がたまって入院することになり,2泊3日で実家に帰ったときにこのカローラ・フィールダーを所用で乗り回したのでした。乗り味として特徴がないのは相変わらずです。なんだか全体につくりが小さめになっているのかなという印象もありました。
 しかし,よく考えると父のカローラ・フィールダーは購入以来10年になろうとしているのです。購入後5年の7代目カローラを運転した時に感じた,シートのへたりや,エンジンの騒音が,あまり感じられなかったのにびっくりしたのでした。「トヨタは,ついにあの『トヨタ・マジック』をやめてしまったのか。」そんなことも感じました。

 今思えば,この頃のトヨタは,見かけのぜいたくさよりも,長く使ってもいろいろな部分がヤレないことを中心に据えたクルマ作りをしていたのかなぁ,と思います。10年乗ってもうるさくないエンジン(エンジン音の安っぽさは置いといて),10年乗ってもへたらないシート,そしてなにより,10年乗っても飽きがこないボディスタイル。クルマとしては,この方がはるかにまっとうだと思います。

 ただそれは,従来からのトヨタユーザーには,なかなか受け入れられないものだったのかも知れません。何しろ長く乗ったときの頑丈さは,長く乗ってみないと分からないのですから。それ以前に,「今度のカローラはぜいたくではない」と思われてしまったら,「じゃあ,トヨタじゃなくてもいいか」という話になってしまうではないですか。
 デザインやメカニズムが国際化されたカローラは,残念ながら日本では受け入れられず,これほどの内容を持ちながら,それまで重ねてきた車名別販売台数1位の座を,ホンダフィットに譲ってしまうことになるのでした。

 また,ワゴンのフィールダーとハッチバックのランクス,スプリンター後継のアレックスに用意されたスポーツツインカムは,公害対策の一層の強化に伴い,本系列が最終となってしまい,2代目カローラ・レビンとスプリンター・トレノ以来連綿と続いてきたスポーツモデルはここで終息となってしまいました。

 そういえば,このカローラをベースにしたのが平成15年秋登場の2代目プリウスだったのだそうです。コンパクトだった初代のベースが実は中級車だった5代目ビスタだったのに対し,対米輸出も考慮して3ナンバーサイズに大型化した2代目プリウスのベースが格下のカローラ,というのも面白い話ですが,この代からボディが4ドアセダンから現行プリウスに共通する6ライトの5ドアハッチバックとなり,ハイブリッドシステムも吟味されて,高速域でもモーターがアシストしてパワフルな走りを生み出すというものに変わりました。サイズが3ナンバー,というのはエコカーとしてどうなのか,という疑問はありましたが,実用的になったハイブリッドカー,ということで,だんだん利益を生み出すクルマになっていったようです。

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