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2012年2月25日 (土)

4ドアハードトップに「柱」が標準装備されました。

 前衛的だった4代目ボディデザインを反省し,角張っていた3代目のデザインを正常進化させたようなデザインで,5代目のクラウンが昭和49年秋に登場します。
 5代目のクラウンでは"スーパーサルーン"のさらに上を行くグレードとして,セダンの2600ccエンジン車に"ロイヤルサルーン"が追加されました。

 ボディは4ドアセダンとバン,"カスタム"というグレード名を持つワゴンの他に,2ドアハードトップと,新たに4ドア"ピラード"ハードトップが追加されます。
 カブリオレのような,幌のような屋根を持つ「ソフトトップ」に対して,それを金属製の屋根に変えたのがハードトップ。一般には,Bピラーとドアの窓枠(サッシュ)を取り去ることで,サイドウィンドウを全開にした時の解放感を高めたボディ形状とされています。
 ところがクラウンでは,安全性を高める,という理由から,セドリックやグロリアのようなピラーレスの4ドアハードトップとせず,太いBピラーがボディ中央にでーんと存在するピラードハードトップとしたのでした。つまり車高の低さとサッシュレスドアを持つことから「ハードトップ」だと名乗っているという,なんだか不思議なボディになってしまいました。これなら同じようにサッシュレスドアを持つスバルのレオーネなんかも「ピラードハードトップ」と言えばいいではないか,ということになってしまいます。ところが,このボディ形状がそこそこ受けて売れてしまうのですからトヨタの底力は大したものであります。

 5代目コロナから始まるトヨタの「安全」キャンペーンがこの5代目クラウンにも及び,不具合の箇所をランプで確認する「OKモニター」や,ワイパーやランプのスイッチをまとめた集中レバー,ゴムのガードがついたバンパー(この時代のクルマの流行となる)などが採用されました。ブレーキは,ついにロイヤルサルーンに4輪ディスクブレーキが採用されたのですが,ロイヤルサルーンは当時セダンだけに設定されたグレードだったので,よりスポーティなはずのハードトップ車に4輪ディスクの設定がないという,奇妙な事象も起きてしまっています。

 エンジンは(おそらく,タクシーなどビジネス用の車種を除き)全車6気筒で,2600ccキャブレター仕様と2000ccキャブレター仕様,そして新たに,2000ccEFI仕様が投入されました。
 しかし,登場当初のエンジンはまだ本格的な公害対策は施されていませんでした。この頃日本で公害対策車として実用化されていたのは,マツダや三菱が採用していた,「サーマルリアクター」と呼ばれる排ガスを再燃焼させるための反応釜を取り付ける方式と,エンジン内部に副燃焼室を設け,1気筒あたり2+1バルブを持つホンダのCVCC方式のみで,トヨタや日産が研究開発をしていた酸化触媒方式では,当時触媒を傷めるもととなる有鉛ガソリンしか流通していなかったため,この時期にリリースできなかった,という事情があります。

 さて,「クラウンCMコレクション」は,5代目クラウンについてはリリース当初のCFが収録されず,それ以降の触媒方式(TTC-C)による公害対策を施したモデル以降のCFが収録されています。リリース当初のCFにも,4代目末期に引き続き山村聰さんと吉永小百合さんが登場しており,肖像権の問題はクリアされているのだからぜひ収録してほしかったのですが,エイベックスは収録する必要はないと思ったみたいでとても残念です。
 なぜDVDに収録してほしかったのかというと,このリリース時のCFに「コンシールドワイパー」の動作を紹介するシーンがあったからです。山村さんが運転席に,吉永さんが助手席に乗り込み,山村さんがワイパーを操作したときに,そのワイパーがフロントウィンドー下部に収納されてしまう,というもので,当時小学2年生だった私はとても衝撃的だったのでした。
 もっとも,コンシールドワイパーはクラウンが日本初ではなく,日産の2代目ローレルが先行して採用していたのですが,ワイパーが完全に見えなくなるというのは5代目クラウンが初めてだったと思います。で,さらに,5代目クラウンのカタログ(http://toyota.jp/T/crown/catalog/crown5/)を見ると,このコンシールドワイパーも,「『フル』コンシールドワイパー」と,そうでないコンシールドワイパーが存在していた,ということを初めて知り,仰天しているところです。
 私は当時クルマの絵を書くことがとても大好きなバカ子だったのですが,5代目クラウンが出たころから,「この方が高級なんだ」と,描くクルマの絵からワイパーを省略してしまうことが多くなりました。

 5代目クラウンは4代目のようなこともなく売れていったのでしょうが,やはり公害対策の影響は大きく,ガソリンの無鉛化がようやく始まってから,順次50年規制,51年規制,53年規制に対応していきます。前シリーズのスカイライン同様,パワーダウンによるイメージの悪化は避けられず,「ジャパン」と銘打ったキャンペーンを張ったスカイラインのように,クラウンも「美しい日本のクラウン」と称して,山村さんと吉永さんのコンビで,日本らしい風景の中をクラウンで走る,というCM戦略が展開されます。

 例の私の伯父も,この頃には5代目のクラウンを購入。公害対策前の2000EFI,ピラードハードトップのスーパーサルーンでした。このクルマもすごかったなぁ,という印象を持っています。ところが昭和53年には第2次オイルショックが勃発。再び石油の値段が上がります。
 昭和50年春に日産は4代目セドリック,5代目グロリアをリリースし,オーバーデコラティブなデザインはその後「族車」の種車としてうってつけになってしまったのですが,オイルショックに前後してこのセドリック,グロリアにディーゼル仕様が存在していることが注目されたことがありました。
 そこでクラウンにも昭和53年9月に2200ccのディーゼル仕様が追加され,伯父もスーパーサルーンからこのクラウンディーゼルに乗り換えてしまったのでした。ただ,ガソリン仕様に比べると騒音が大きく,装備も充実していなかったので,果たして伯父は長く乗ることができるのかなぁ,と子供心に思ったことがありました。

 この当時の他車の動向を見ると,昭和52年秋にマツダが3代目ルーチェをリリース。クラウンをぱくったようなデザインのピラードハードトップ車を投入します。この車種に「レガート」というサブネームを届け出なくつけてしまったことが問題になりました。
 日産はセドリック,グロリアの他ローレルが昭和52年早々に3代目となりセドリックで人気の4ドアピラーレスハードトップを投入します。一方のトヨタは3代目のマークIIを昭和51年末に投入。高級感を出したややクラシックなボディをまとって登場,大幅なイメージチェンジを図ります。ところが若々しさに欠けたため,少しデザインを手直しして若さを演出した双子車チェイサーを翌昭和52年夏に投入します。ローレル(2代目から)やマークIIには3ナンバー仕様である,2800ccや2600ccエンジン仕様も投入され,クラウンクラスと,マークIIクラスが接近してきたのがこの頃でした。
 なお三菱のデボネアは2600ccエンジンを搭載した3ナンバー車となります。ところがこのエンジンはサイレントシャフトがついているとはいえ基本はギャラン用のアストロン4気筒エンジンで,高級車のエンジンとして疑問が残るものとなりました。当初はサーマルリアクターにより51年規制に,次いでMCA-JET化され53年規制に適合しました。

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