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2012年8月25日 (土)

これが最後の「お手軽グルマ」だった。

 軽自動車はこれまでに何度もその規格が改定されています。軽自動車として初めて「商品」として堪えうるものになったスバル360がリリースされた頃の規格は昭和30年に制定されたもので,排気量360cc,長さ3000mm,幅1300mmと定められていました。
 この規格では公害対策を施せない(ただしスバルは旧規格のまま51年規制適合車をリリースする),ということから昭和51年に排気量550cc,長さ3200mm,幅1400mmという規格に変わりました。規格変更直後はどのメーカーも新開発の車種が出せず,ビッグマイナーチェンジでやり過ごしたものでした。
 次いで平成2年に排気量660cc,長さ3300mm(幅は変わらず)という規格に変わります。この時ダイハツはこの新規格に合わせてフルモデルチェンジを実行,他社は直前のモデルチェンジにこの規格変更を織り込んでいたからか,すぐに新規格に対応したモデルにマイナーチェンジしていました。
 衝突安全基準が普通車並みに引き上げられることになったため,平成10年,長さ3400mm,幅1480mm(排気量は変わらず)の新しい規格になりました。この時,これまでの規格改定時とは違い,各社ともこの規格に適合したニューモデルを相次いで発売開始したため,軽自動車がかなり注目されたものでした。

 スズキの軽乗用車では,規格が変わった平成10年10月に,2ボックスの5代目アルト,ミニバンの2代目ワゴンR,そして,それまでのセルボ・モードを廃止して新たにRV的な要素を持つ乗用車,Kei(ケイ)をリリースします。
  Keiは全高が1525mmと高くとられており,タイヤも大きなものが装着されていました。リリース当初のテレビCFでは,ショーの舞台上でKeiの説明をしているキャンペーン嬢がいきなりKeiに乗り込み,乗ったまま舞台の階段を降りてそのまま走り去ってしまう,というものが流れていました。Keiのイメージは,アルトよりややプレミアムな,RVユースにも使える軽乗用車,といったもので,当初は3ドアハッチバック,次いで5ドアハッチバックも追加されました。Keiはマツダにも供給され,「ラピュタ」という名前で平成19年まで販売されます。

 さて,軽乗用車が普通車並の衝突安全ボディを持ったことから,以前のスバル450や初代キャロル600のように,「軽乗用車のボディに普通車のエンジンを載せた」モデルも続々登場します。スズキでも,ワゴンRをベースとした「ワゴンRプラス(後にワゴンRソリオ)」とシボレーMWが(これがさらにヨーロッパで初代オペル・アギーラとなる),ワンボックスのエブリイをベースにした「エブリイ・プラス(後にエブリイ・ランディ)」が,そして,このKeiをベースにした「スイフト」が登場するのです。

 初代スイフトは平成12年の早々に登場。ワゴンRプラスのプラットフォームにKeiのボディを載せたような形となっています。Keiのボディ,といっても,全長が3395mmから3615mmに,全幅が1475mmから1600mmになっているのでまったく同じものを使っているわけではありません。ただ,ホイールベースが両者とも同じ2360mmなので,ドア等のパーツは同じものを使っているはずです。
 エンジンは1300cc4気筒DOHCエンジン。平成15年には1500ccで115psを発生するエンジンを搭載するスイフト・スポーツも追加されます。
 しかし,どうしても軽自動車の"Kei"のイメージがつきまとってしまい,「安グルマ」という印象は払拭できませんでした。リヤのサスペンションも,お得意のアイソレーテッド・トレーリング・リンク方式で,これが悪いとは言わないのですが,コストをけちっている印象は否めません。

 それを逆手にとったのか,スズキはスイフト・スポーツを追加したのと同時に,軽自動車よりも安い価格の"SE-Z"仕様を用意します。これが,かの有名な「泣く子も笑う79万円」のテレビCFで宣伝された車種です。
 1300ccのエンジンはネット88psを発生。そして装備の少ないグレードですから車重も900kgはないでしょう。パワーウェイトレシオは10kg/ps。ただ,88psはグロス換算すると105ps程度になるはずなので,それでパワーウェイトレシオを計算すると8.4kg/psとなり,お買い得グルマのはずなのに結構速いクルマじゃないか,ということになるのです。
 しかし,この79万円グレードの最大の問題点は,この値段では両席エアバッグこそ装備されるものの,ABSがオプションになってしまうということで,この点は徳大寺有恒さんの「間違いだらけのクルマ選び」でも指摘されていました。このベーシックなスイフトがあまりパワフルでないのならともかく,実際には軽くてパワーのあるクルマなので,安全対策もそれなりにやっておく必要があったと思います。

 ハンガリーでもこのスイフトは生産され,ヨーロッパでスバルの3代目ジャスティとして売り出されました。日本でもシボレーブランドの「クルーズ」として,スズキの普通車販売店やGM系のディーラーで平成20年まで売られます。一方の初代スイフトも,2代目が登場した後の平成18年春まで作られます。
 しかし「泣く子も笑う」程度の低価格ではあまりユーザに訴求力がなかったのか,はたまた,他社のライバル車があまりに強力だったからか,初代スイフトは圧倒的な人気を得ることはできませんでした。
 おそらく,そんなことはスズキは百も承知だったのでしょう。スズキ初の本格的なリッターカーは,この初代スイフトのリリースと相前後して開発が始まっていたのではないでしょうか。

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