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2012年8月 4日 (土)

この時代のトヨタのデザイン力はものすごかった…。

 平成10年にフランスはパリのモーターショーで「ヤリス」として登場したトヨタの新しいリッターカーは,日本では「ヴィッツ」と名付けられ平成11年早々にリリースされました。

 リリース当時にはまだプライスリストに載っていた5代目スターレットと比べると,
・全長は3740mmから3610mmに,
・全幅は1625mmから1660mmに,
・全高は1400mmから1500mmに,
・ホイールベースは2300mmから2370mmへ
と,背が高く幅広だが全長が短く,しかもオーバーハングが短くなったスタイルになり,ボディデザインもそれまでのトヨタ車とは一線を画した,ヨーロピアンでおしゃれなものになったのでした。モデルは3ドアハッチバックと5ドアハッチバックの2種類。車内に入るとイギリスのミニのようにメーターがインパネ中央に設置してあるのが特徴的でした。

 それまでのトヨタ車といえばカリーナEDやカローラセレスのような極端に車高が低い車種はともかく,普通のセダンでも車高が低い車種が当たり前で,当時の日本では車高が低いクルマの方がかっこいい,という考え方の方がしごく当たり前だったような気がします。しかし円高が徐々に進行し,庶民でもヨーロッパ製のクルマを購入して乗り回す人が増えてきました。ヨーロッパのクルマはどちらかと言えば当時の日本車に比べて車高が高く,囲まれ感が少ない印象がありました。
 そのような状況を黙って見ているトヨタではなく,平成10年,カムリが3ナンバー車になったために独立車種となった5代目ビスタで,ボクシーな箱型ボディに1505mmという車高を与える実験をしています。お世辞にもかっこいいデザインではなかったのですが,トヨタは,売れないことは承知の上で確信犯的にこのデザインを与えたのではないかと今でも思っています。そして,背が高いクルマは日本でも受け入れられる,というデータを得たのではないでしょうか。

 当初エンジンは1000cc16バルブDOHC4気筒70psエンジンの1本のみ。1SZ型と呼ばれたこのエンジンは厳密に言えばダイハツ製で,ヤリス/ヴィッツを開発する際にトヨタ内製のエンジンとコンペで比較され,採用が決まったという話を聞いたことがあります。
 前述の通りヴィッツがこけた場合の保険として5代目スターレットも並売していました。5代目スターレットの形式がEP90系(ディーゼルはNP90系),初代ヴィッツ1000の形式はSZPではなく"SCP10"系になっていることから,ヴィッツは厳密にはスターレットやパブリカの後継ではない,とされています。
 ただ,販売店がスターレットと同じトヨタオート店改めネッツ店であること,ヴィッツに同年8月1300ccモデルが追加されると同時にスターレットが販売終了になったこと,そしてなにより,そのヴィッツの型式名に"P"というアルファベットがそのまま残っているところをみると,やはりヴィッツは昭和36年以来のパブリカの伝統を受け継ぐクルマであることは間違いがないでしょう。

 平成11年当時のヴィッツのライバルを見てみると,前述の,トヨタでも「デュエット」として売られていたダイハツ・ストーリアは別として,日産は古くなった2代目マーチ,ホンダは全てに甘口だったロゴ,マツダはそこそこ売れていたけど耐久力のない初代デミオ,といった状況で,背の高さがハンデでなければヴィッツにかなり勝ち目がある状況でした。ところがこの背の高さはむしろユーザに好意的に受け入れられ,爆発的に売れることになったのでした。ヴィッツは爆発的に売れたのですが,ヨーロピアンで厭味のないデザインだったため,飽きるどころかむしろよい印象が増していった感じがしました。

 ヴィッツに1300を追加したのと同時に,4ドアセダンタイプの「プラッツ」と,5ドアトールワゴンの「ファンカーゴ」を追加します。エンジンはプラッツがヴィッツと同じ1000,1300,1500で,ファンカーゴは1300,1500となっていました。
 プラッツはヴィッツにトランクを追加したようなデザインで,あまりよいデザインではなかったのですが,ファンカーゴは1680mmという超背高のボディに丸っこく愛らしいデザインを与え,そこそこ人気を得ました。特にこのファンカーゴの福祉タクシー仕様は,デミオの福祉タクシー仕様でタクシー市場に残留しようとしていたマツダに大きな打撃を与えました。
 なおプラッツはトヨペット店で「コルサ」の後継として売られると同時に当初はネッツ店でも販売,ファンカーゴはカローラ店と平成16年まで存在したビスタ店で販売されました。

 この頃のトヨタはデザイン力が優秀でした。以前のトヨタは最上級車の「セルシオ」のイメージをカムリやカローラなどの下位のクルマに落としていったものでしたが,この頃のトヨタはこのヴィッツのイメージを,カローラに,コロナ後継のプレミオに,そしてセルシオやクラウンへと,下から上へと上げていっているように見えました。
 初代ヴィッツ,そしてファンカーゴのデザインは登場13年が経過した現在でも秀逸で,まったく古くさくないと思います。ヴィッツは2代目,そして3代目になるにつれて物欲しそうなデザインになってしまい,デザイン力の低下に比例して,売れ行きも低下しているように思います。

 ヴィッツ3兄弟は当然のごとくこの年の日本カーオブザイヤーを受賞します。また平成12年の秋にはRSと呼ばれる1500ccエンジンを搭載したスポーツ仕様も追加され,ヴィッツ,プラッツ,ファンカーゴの基本3車種でもかなりのワイドバリエーションとなりました。
 ところが,翌平成13年,このヴィッツファミリーに,いや,ヴィッツの上位車種となるカローラファミリーにも強敵となる,ホンダ・ロゴの後継である初代「フィット」が登場し,ヴィッツ以上に爆発的な人気を得ます。トヨタも負けじと,このヴィッツをベースにものすごい数の派生車種を生み出すこととなるのです。(この項続く)

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